辻村先生

第66話

 太陽は、レーティングというものに慣れつつあった。

 大会で「何点?」と聞かれても、最初はよくわからなかった。多くの場合それは、ネット将棋での点数を意味していた。

 ネット将棋をするようになっても、謎は残った。レーティングと実力が釣り合っていないように思ったのだ。自分に負けた相手が、レーティングが上、ということがよくあった。実力以上に勝っているのだろうかとも思ったが、そうではなさそうだった。サイトによってルールが違い、それぞれ得意不得意がある。また、実戦では駒を持ったり時計を叩いたりと、ネット将棋とは作業が異なる。あと、多くのサイトでは反則手を指すことができない。

 レーティングはあくまで目安だ。

 そう割り切ったところ、レーティングも上がり始めた。

 時には、八段や九段とも当たるようになった。不思議なくらい、勝てなかった。アマ強豪や奨励会員だろうか。ひょっとしたら犬沢かもしれない。いつか勝てるようになるだろうか。

 決してやる気があるとは言えないのに、ネット上では将棋の調子が良かった。



「あ、勝ったー」

「う」

 練習将棋で、太陽は扇野に負けた。完敗だった。

「なんか序盤で変な手があったよー」

「そうかな……」

 扇野が強くなったというのもあるが、しばしば太陽は負かされるようになった。ネット将棋の調子が上がっても、実戦はまた別物だと思い知らされた。

「個人戦はさ、やっぱあれだよね。海滝の人たち」

「そうだなあ」

 太陽はまだ畑山としか指していないが、海滝中学校には強豪が数多く在籍している。個人戦でも当然活躍するだろう。ただ、太陽はどんなメンバーが出てくるか、そういうことに興味がなかった。

「どうしたの?」

「あ、いや。負けて言うのもなんだけどさ。もっとこう、先のこと考えたくて。全国でどうやったら優勝できるかとか」

「纐纈君、すごいー」

「いや、なんとなく思うだけ」

 太陽は、目標を見失っていた。そのため、漠然と「一番になる」ことを願っていた。奨励会に行く人。医者を目指す人。そういう同級生たちのようなものを持たない自分を、持たせてくれなかった人たちを恨んでいた。

 将棋しかすることがないので、将棋をがんばっていた。


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