犬沢龍斗
第26話
年が明け、次の大会が迫っている。龍斗は夜遅くまで、盤に向かっていた。
五年生の龍斗にとって、最後のチャンスだった。本大会が来年度のため、六年生には予選での参加資格がないのである。
昨年は優勝し、東日本大会に参加した。そこでベスト4に残れば奨励会を受験する、百合草や両親とそのように約束していた。だが、結果はベスト8。一歩届かなかった。
今年こそ、ベスト4。いや、さらにその上を。東西の地区で決勝まで残った4人は、テレビ局で戦うことになる。そこは、憧れの場である。
まずは、県代表になる必要がある。実力的には、普通にやれば勝てるだろう、と少し前までは思っていた。けれども、全くマークしていなかった強敵が現れた。
纐纈太陽である。
たまたま出られなかった別の大会で、優勝したのは太陽だった。全くの予想外だった。対局したこともないし、そもそも名前も知らなかった。昨年の大会、確かに「読めない漢字の参加者」がいた。時間切れで敗退したその少年が全国大会に行き、1勝した。龍斗にとっては、衝撃だった。
焦りがあった。得体のしれない相手。個人指導にも、月一回しか来ていないという。土日のトーナメントや指導対局にも一切参加しない。他の道場に姿を現したこともない。知らない間に、とてつもなく強くなっているかもしれない。
プロになる人間の多くは、小学生高学年、遅くても中学一年生で奨励会に入っている。
そんなに、時間はない。
龍斗は、予選で絶対優勝しなければならないと決意していた。どんな将棋を指すのか予想もつかない太陽に勝つため、ひたすら将棋の勉強をしていたのである。
「500円……」
太陽は、百円玉を数えていた。確かに、5枚ある。
昨年のことを反省し、何とかためたお金だった。買い物を頼まれた時に、おつりが百円だけだったときなどは貰えることがあった。あとは、一度だけ「これで必要な文房具買え。残ったらやる」と千円を渡されたことがあった。230円余った。
頼めば、くれるのではないかとも思った。けれども、頼んだという事実を残したくなかった。父親の元で暮らしたいと言った時に、太陽は一生分の頼みを使い切ったと考えていたのである。
自転車で行き、500円を払う。そうすれば、またあの大会に出られる。太陽は優勝した後のことは考えないことにした。なによりもまず、皆と将棋が指せる機会を生かさなければならないと考えていた。
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