第3話
「おう、どうだった」
夕方五時。帰宅すると金本の声がした。父親は居ないようだった。
「負けた」
「そうか」
「二回は勝った」
「おお、そうか!」
金本はテーブルの前で新聞を読んでいた。彼が政治や経済に興味がないことを、太陽は知っている。金本は古くなった新聞を会社からもらい、将棋欄を見ているのだ。
「……というか、知ってたの!? 大会出ること……」
「色々調べてただろ。出たいんだろなって」
「そっか」
金本は、新聞を置いて二つ折りの盤を広げた。
「覚えてるか」
「えっと……」
「わかるところまででいいぞ」
大会の将棋を確認し、金本は太陽にアドバイスを送った。そして、自然と二人は対局を始めた。駒音だけが、響き渡る。
こんな生活が、約三週間続いている。
「あの……纐纈太陽です」
三週間前、初めてこの家に来た日。太陽は、にゅっと現れた中年の男性に戸惑いを隠せなかった。
「構えんでいいよ。悪いことはせん男だ」
父親は、けらけらと笑っていた。かなり酒が入っている様子だった。
「金本って言うからね。覚えてくれると嬉しいなあ」
目元にしわが目立つ。腕はかなり日焼けしていた。
「金本さんはな、将棋の達人だ。事務所じゃ誰も勝てん」
「そうなの?」
「まあ、アマ六段でね、ははは」
「僕も将棋するよ」
「そうか、じゃあ指すか」
テーブルの上に盤駒が置かれた。どちらもところどころひび割れていて、薄汚れていたが、太陽は気にしなかった。
「指す!」
「おお、よかったな。金本さんがいるなら安心だ、俺はちょっくらでかけてくるわ」
感動の息子との再会、という感じは全くなく、父親は上着を羽織るといなくなってしまった。そして、その日のうちには帰ってこなかった。
太陽は、寂しいとは思わなかった。父親のことは好きではないが、無関心なだけに攻撃もしてこない。そして、金本のことは好きになれそうな予感がしていた。
将棋に指し疲れると、金本が居間に布団を敷いてくれた。
「俺は部屋に行くけど、なんかあったら呼ぶんだぞ」
イスとテーブルがすぐ迫る、狭い空間だった。それでも太陽は、父親のところに来てよかったと思っていた。
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