第2話

「強いね、君。完敗だ」

 百合草は、頭をかいた。目の前の少年は、うつむいたままだった。

「古い駒落ち定跡だけどね、きっちりしてるし、良くなってからゆるまないし。誰に習ったのかな?」

「……おっちゃん」

「おっちゃん?」

「金本……六段」

「え、月子さん?」

「違う。おっちゃん。名前は確か、貴弘」

「アマ六段かな? いい先生なんだろうね」

「いつも教えてくれる」

 この時、初めて少年は涙を流した。トーナメント一回戦、優勢な局面で時間切れで負けた。対局時計を使うのは初めて、見たこともなかったのだ。秒読みになって、時計を押すのを忘れた。一度も詰まされないまま、少年の大会は終わったのである。

 負けたのは悔しかった。けれども、それは耐えられた。金本のおっちゃんにそれを伝えなければならないことが、つらくて、その思いが涙になって流れ出て来た。

「勝つには、慣れも必要だからね。普段からいろんな人と指して、慣れたら、次は勝てるよ」

「……うん」

 少年は、席を立って、すぐに会場を後にした。

「そういえば……月子さん奨励会に入るまではほとんど同世代と指したことがないって言ってたっけ。まあ、例外だ」



 来た時よりも、道のりは長く感じた。纐纈はなぶさ太陽は、コンビニの駐車場でしゃがみこんだ。

 どうしても、電車賃を工面することができなかった。父親にねだるのはまず無理だったし、金本にはお金のことだけは頼んではいけない気がしていた。

 歩いていくしかない。そう決めて、早朝家を出た。幸いにも金本は夜勤で不在だった。父親はいつものように不在だった。

 何とか会場にはたどり着いたものの、出場にお金がいるとは知らなかった。500円もない。お昼も食べていない。

 対局時計は、何円するだろうかと、太陽は考えた。皆家に一台持っていて、練習するのだろうか。

 盤駒すら持っていないのだ。いつも使っているのは、金本のものである。

 将棋は、平等だと信じていた。それは嘘だった。

 太陽は、再び歩き始めた。とにかく、帰る場所は一つしかないのだった。


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