四割・八分・九厘

清水らくは

金本先生

第1話

「あの、間に合ってますか」

 少年は、泣きそうになっていた。会場の時計は、九時三十五分を示していた。

「いいよ、大丈夫」

 受付の女性は、にっこりと笑った。一度はしまっていた受付表を、机の上に置く。

「よかった」

 少年は名前を記した。

「じゃあ、500円ね」

「はい。……あれ? あ……ちょっと待って……」

 少年は財布の中を何度も確かめていた。鞄の中も確かめる。再び、泣きそうな顔になった。

「落としたよ」

 そんな彼の前に、大きな手が差し出された。手のひらの上には、500円玉が乗っていた。

「え、僕のじゃ……」

「君のだよ。間違いない」

 男性は、少年の手の中に500円玉をねじ込むと、会場の中に入っていった。

「どうしよう……」

「いいんだよ、それで」

「でも」

百合草ゆりくさ募八段」

「え?」

「さっきの先生の名前。今日のゲスト」

「プロの先生?」

「そう。いい将棋を見せてあげて」

 女性は、少年の手から500円玉を取り上げた。

「頑張ってきてね、纐纈はなぶさ君」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る