金本貴浩
第136話
「纐纈君はプロを目指すべきだ」
あるプロのその発言は、瞬く間に話題となった。
数日前、太陽は高校個人戦の大会で優勝していた。プロに勝ったことのある一年生が優勝ということで、少なからず話題にはなっていた。
奨励会員も含めて、同世代の中では纐纈太陽が一番強いのではないか、と噂されていた。これはプロを目指す少年たちにとってはあまり耳障りのいいものではない。「なんとかして纐纈太陽をプロ棋界に」という機運が、一部で高まっていたのである。
「そんなわけで、君が適任だと思うのだが」
焼肉屋の個室に、男が二人。一人は三東幸典六段だった。肉や野菜を網の上に載せていく。もう一人は、阿藤高光九段。すでにビールのジョッキがほぼ空である。白髪が目立つ中年で、現日本将棋連盟会長である。
「そうは言いますけど、本人がどう思うかでは」
「月子さんは、君のことをほとんど知らないままに弟子入りしたんだろう」
「まあ、はい」
「今回はそれよりも良い条件だ。君は纐纈君のことをそこそこ知る立場にある」
三東は、明らかな苦笑いをした。
太陽の将棋を鍛えたのは、弟子である金本月子の父である。また、昔から交流のある辻村が、現在は指導している。東海地方には昔から縁があり、百合草とも話をする仲である。
確かに、三東には太陽を知るための好条件がそろっていた。
「でも、百合草さんなんか昔から知ってるんですよね」
「知っていて、弟子にしなかったんだ。聞くところによると、纐纈君は家庭環境が複雑らしい」
「そのようですね」
「奨励会に通うこともできなかったとか。ただ、今なら何とかなる。初段入会だってあるし、もう少し経てば三段編入の条件だって満たすかもしれない」
「とはいえ、本人にその気がないと」
「悠長なことは言ってられんよ。……あ、ビールを」
肉を運んできた定員に、阿藤は空のジョッキを掲げて見せた。
「と言いますと」
「新人王戦に出るのは確実だろう。他の棋戦も普通にまた出てくる。そうなるといつか彼は……獲るぞ」
三東は肉を更に運びながら、首を傾けた。
「それはそれで話題になるのでは」
「いくらこんな時代だと言っても、プロにも面子がある。獲らせちゃいかんのだよ」
三東は肉をほおばりながら考えた。すでに新人王戦では、決勝まで行ったアマがいる。それぐらいの活躍ならば、想定内だろう。ただ、八大タイトルの決勝トーナメントや決勝リーグに入ったらどうか。さすがにプロが情けない、ということになるか。しかも、敗者の中に自分が入る可能性だって十分ある。
「わかりました。そういう話になったら、絶対拒否するということはありません。ただ……月子さんで大丈夫だったから、また内弟子を取るだろうとか、そう思われるのは困ります」
「うむ、一歩前進だ。あとは、誰が説得するかだな」
阿藤は肉へと箸を進めた。ジョッキの中身はすでに半分ほど減っていた。
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