第48話


 太陽の生活は大きく変わった。

 通学時間が長くなったのはもちろんだが、学校にいる時間も増えた。部活も大きな理由だが、それだけではなかった。自宅に、Wi-Fiがないのである。

 授業のため、生徒全員がタブレットを所持している。学校ではネットに接続することができる。しかし、家に帰るとタブレットはネットにつながらない大きな板となる。

 太陽は学校にいる間、ネット上にある棋譜などを見ていた。残念ながら、学業に関係ないアプリはインストールできない設定で、ネット将棋はできない。それでも、ネットから多くの情報を得られるということは、太陽にとっては画期的なことだった。

 遅くに家に帰ってきたからと言って、怒られることはない。父親は、帰りが遅いか夜勤で、一緒に夕食をとるということはほとんどなかった。以前のように飲み歩くということはなく、小遣いもくれるようになった。授業料免除といっても教材や積立金などあり、お金はかかる。それが分かったうえで私立中学に行くことを許してくれたので、太陽は父親に感謝していた。

 同居人の似里は、太陽には全く興味がないようだった。同じ時間に家に居ても会話はなく、決められたルールにのっとりごみを出したり風呂を掃除したりといった、「ただの同居人」だった。太陽はたまにその存在を不気味に感じることもあったが、気にしないようにと努めた。

 名門の私立中学に入り、将棋をする仲間もいて、将棋についていろいろと調べることもできる。とても、恵まれた状況のはずだった。けれども静かな部屋の中で一人、太陽は暗い顔をしていた。



 女子の多いクラスでは友達もできないのではと心配だったが、そんなことはなかった。男子が少ないということで、自然と皆で一つのグループになった。そして、特技優待生同士の連帯感のようなものもあった。

 ただ、体育の時間などには孤独を感じることもあった。「特技」の多くはスポーツであり、運動の苦手な者は少なかったのである。

「将棋の授業があればなあ」

 理科準備室で、太陽はつぶやいた。昨年まで女子校だったのと、男子の人数が少ないためここが臨時の更衣室である。

「纐纈君は、勉強は得意だろ?」

「え? いやあ」

 文科系の優待生ということで、太陽には頭がいいというイメージがついていた。一か月後には中間テストであり、太陽はそれがとても怖かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る