第139話

「優勝は纐纈太陽さんです!」

 デパートの八階に、声が響き渡った。

 朝から行われてきた将棋大会、決勝は舞台上で行われた。解説は三東六段と金八段団の師弟が務め、多くの将棋ファンが観戦していた。

 将棋まつりのアマ将棋大会。太陽は、それに合わせて東京に来たのだった。優勝者には五万円の賞金も出る。それもあり、どうしても優勝したいと考えていた。

 前日は辻村の家に泊めてもらい、名人から直接指導もしてもらった。対局における「心構え」も教えてもらった。

「どうせ相手は間違える。間違えろと念じるぐらいでいい」

 それが名人の教えだった。そしてそれは、最新のコンピュータ研究から導き出された言葉でもあった。

「解析したら普通の手と思っていても逆転していることが多い。それは仕方ない。それを感じられるかが大事だね」

 太陽はコンピュータのことはよくわからなかった。導入するだけの資金もない。ただなんとなく、最近はその影響が大きいことは知っていた。その前提で戦えるかどうか。

「では、優勝した纐纈さんにこちらに来ていただきましょう。皆さん拍手でお迎えください」

 司会者と解説者たちのいるところに、太陽は呼び込まれた。二人のプロ棋士が、彼のことをじっと見ている。

「纐纈さんは今日は愛知からお越しなんですね。まだ高校一年生とか」

「はい。せっかく来たので、絶対に勝ちたかったです」

「そういえば金本八段も今年高校に入られたのでは」

「え……あ、はい。そうです」

「じゃあ、同学年ですね!」

 太陽は月子のことを見つめた。細身の体に長いツインテール。目はきょろきょろと動いている。

 彼女は十五歳のとき家を出て、福島から自転車で三東のところまでやってきたという話だった。内弟子となった月子は、見事プロ棋士になった。

 夢を切り拓いた人だ。そんな月子を育てた師匠が、太陽の師匠に名乗り出ているという。金本貴浩は、幼い頃の三東を知っていると言った。同じ道場で将棋を指していたという。

「纐纈君は、普段どこで将棋を勉強しているんですか」

「主に雷鳥学園の将棋部で部員の皆と指しています。まだ高等部は一年生しかいないので、中等部ともよく一緒に指します。あとは道場のお手伝いをしているので、そこでみなさんと」

「将来の目標などありますか」

「……いろんな人にお世話になって、ずっとやってきたので……今度は僕が教師になって、将棋を教えたり、大会に連れていったりしたいです」

「指導者を目指しているんですね!」

 太陽は、三東へと目を移した。どこにでもいるような、普通の男性に見える。実際、突出した成績を残してはいない、普通の棋士だ。太陽の視線に気づくと、三東は小さな笑みを浮かべた。

「はい、なれるよう頑張ります。勉強をおろそかにせずに、大学に行って教員免許を取りたいです」

 その時、太陽は見逃さなかった。声には出さなかったものの、三東の口が「負けました」と動いたのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る