第43話


 太陽の横に、スーツの大人が座った。時計に手を添えている。

 準決勝、これに勝てば決勝戦進出という一番。ここだけは、審判がついて時計を押し、反則も指摘することがあるという。

 初めてのことに少し戸惑いもあったが、対局が始まってしまえば気になることもなかった。そして、太陽は自分が落ち着いていることを自覚できるほどに、どこまでも冷静だった。

 戦型は角換わり。最近プロの間で流行っている形になった。古い将棋の方が詳しい太陽だったが、最近ちょうど新聞でプロの棋譜を見たところだったのだ。

 太陽は、プロの対局では負けた側を持っていた。ただ、中盤まではそちらがいいのではないかと考えていた。感覚を信じて、突き進んでいく。

 太陽の堂々とした指しっぷりに、相手は気持ちでも押されていた。少しずつ苦しくなり、最後は押し切られた。

 太陽は、決勝戦に進むことになった。



 決勝戦は、ステージの上で行われる。しかも、袴を着て。太陽にとっては、人生で初めての袴だった。

「ええと、百合草先生に聞けばいいんですか?」

「まあ、それか本人に」

 対局前、司会者がステージあ裏で対局する子供の情報収集をする。保護者に質問することになるのだが、太陽の今日の保護者はプロ棋士なのだった。

「いろいろと事情が?」

「まあ、そういうことで。しっかりしてるから、私がいなくても大丈夫なぐらいですよ」

 まずは、低学年の決勝。さすがに緊張してきた太陽は、心を落ち着かせようと目を閉じた。ただ、低学年の二人は最後まで猛スピードで指し、7分で対局が終わってしまった。落ち着かないうちに、出番が迫ってくる。

 導かれてステージに上がると、そこは真っ白かと思うほどに明るかった。そして、広い。一段上がったところに、分厚い盤が置かれていた。その前には読み上げの女流棋士がいた。奥にはとても大きな解説用の盤があり、解説の棋士に聞き手の女流棋士、そして大盤操作の奨励会員が二人いた。

 とんでもないところに来てしまった、と太陽は思った。学校のステージですら、目立った役はこなしたことがない。それが、何百人もの人が見守る中で、たった二人が対局するうちの、一人になったのだ。

 太陽は、武者震いをしていた。


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