第92話
深夜24時5分。金本月子は頭を抱えていた。
ここまで優勢だと思って進めていたものの、なかなか明確によくなる順が見つからなかったのである。
相手は、通算タイトル7期の強豪。簡単に勝てるとは思っていなかったが、予想以上に手強かった。
だんだんと、盤面がぼんやりとしてくる。プロになってから何年もたつが、何時間にも及ぶ勝負にはなかなか慣れることができなかった。「私には体力がない……」月子は対局の度に実感した。
お茶に砂糖を入れて、一気に飲み干した。気力を振り絞って、盤面に向かった。
24時45分。激戦が終わり、月子は敗北した。
A級順位戦の成績は、これで0勝3敗となった。
「A級に上がったら、受験しよう」
高校を目指す月子に、師匠である三東は言った。
「えっ……えっと……」
「高校に行くのは反対しないよ。でも、そこを目標にしたら、微睡んでしまう気がするんだ」
「微睡む……」
「そういう人をたくさん見てきたから。だから、先に将棋で目標を達成しよう」
月子は、その言葉をかみしめた。
そして、月子は戻ってきたB級1組で好成績を上げ、二年目でついにA級昇級を決めた。
女性初のA級棋士。月子にまた一つ、肩書が加わった。
そして、A級に上がったということは、名人挑戦の可能性が生じたということでもあった。トーナメントと違い、リーグ戦で争われる順位戦では、いくつか負けてもタイトルに挑戦することができる。短期的な爆発力はないものの地道に昇級を重ね、初タイトル戦が名人戦という棋士も何人かいる。
だが、現実は厳しかった。1勝すら遠かった。
このままでは、残留すら難しいだろう。
高校への憧れという光と、自分の弱さという闇。二つを抱えたまま、月子はインタビューに答えねばならなかった。「女性初」が続く限り、月子には月子だけの務めがある。
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