第38話

 パソコンに向かって、龍斗は棋譜を入力していた。

 自分の対局ではない。太陽のものだった。

 太陽は、負けた。それでも、龍斗は良い戦いだと思った。そして、怖かった。終始落ち着いて、大崩れしない指し方。自分にはないものを持っているライバル。

 決して忘れないようにしよう、龍斗はそう誓った。自分にないものを持っている相手を倒して、勝ち上がっていかなければならない。そうしなければ、プロになれない。

 龍斗は、6連敗を、6つの負けだと考えていた。けれどもそれは、6つの教材でもあった。

 太陽の棋譜を入力し終わり、龍斗は自らの棋譜と向き合い始めた。



「残念だ。久しぶりに、まぶしい才能を持った子だったのに」

 百合草はぼやいていた。その前には、三東が座っている。

「まあでも、プロになるだけが全てではないですからね」

「俺たちが、それを認めてしまえるかね?」

 百合草はそう言って、ウーロン茶を飲みほした。明日、対局なので酒は飲まない。

「そうですね」

「いっそ、月子さんみたいに君のところに駆け込まないかな」

「それなら、百合草さんのところでもいいじゃないですか」

「うちからじゃ、通えないからなあ」

「確かに」

 二人はその後、少しだけ月子さんの話をした。

 金本月子は、金本貴浩自称アマ六段の娘である。金本家と三東は同じ故郷で、貴浩は幼い頃の三東と将棋を指したこともあった。借金でどうしようもなくなった貴浩は、月子に「三東のもとでプロにしてもらえ」と言って家を出したのである。

 自転車で東京までやってきた月子は、三東の家に居候することになった。三東は師匠としてだけでなく、親のように月子の世話をして、結果的に史上初の女性プロ棋士が誕生することになったのである。

「普通は、追い返すよね」

「まあ、そうなんでしょうね。ただ、凍える子猫を見て保護するような感覚でした」

「わかるなあ。およそ勝負師っぽくはないもんなあ」

「それに、将棋が光っていました」

「ねえ。そういうの、見逃せないよねえ」

 百合草は、ため息をつきながら笑った。


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