Un verre de la larme. 1
美浜高校校内。
少女が白いスタートラインに立ち、遠くゴールに目を向ける。
胸の鼓動が身体全体に感じる。
今日こそは限界を、自分自身を越える!
走る!
走る!
走る!
ただ一点を目指して、己が全てをこの瞬間に、生命を懸けて走る。
それしか今は何もできない、何も……。
汗に混じって流れる涙もすぐに乾く。
満ち足りない空虚さを走ることで忘れようと、また走る。
走る!
走る!
走る!
人は時にやるせない気持ちを何かにぶつけ、自分を責める事がある。
自分ではどうする事も出来ず、悲しみに暮れる時がある。
どうしていいか分からず、ただ何か意味もなく行動してしまう、哀しい人。
人には言えない悲しみ、苦しみ、そう言った感情をその小さな胸の中に隠し持ち、生きて行かなくてはいけない、と自分で決めつけてしまった人がいる。
今の彼女がそうだった。
*
美浜駅前近くにある小さなケーキショップ『PEACH BROWNIE』は女子中高生達の間でちょっとした有名な店で連日店内は彼女達で占められている。
今日も相変わらずの繁盛ぶりを見せていた。
「いい、恵。ここの店はお客にくつろいでもらうためにも紅茶の入れ方一つ一つに気を使ってるの。美味しい紅茶は手間を惜しまず、時間を贅沢に使って入れるのがコツなのよ。いい?」
「……はい」
恵は小さな声で返事をした。
聖美は神名に頼まれて、恵に仕事を教えなくてはならなくなかった。
内心は嫌だった。
しかし仕事となれば話は別。
嫌な顔一つ見せず指導していた。
とにかく紅茶を入れる過程において特に大切な四つのポイント、〝ゴールデンルール〟と紅茶の入れ方も教えなくてはいけない。
聖美は取り合えず、流しの前に恵を連れていった。
「一度しか言わないから良く理解するのよ。まずティーポットを使うこと。香り、味、色の三拍子揃った紅茶を入れるにはかかせないアイテムなの。特に丸形はジャンピングが起きやすく、紅茶のエキスが十分引き出せるからこれを使います。
次に茶葉を正確に計ること。カップ一杯につきティースプン一杯が目安で、大きな茶葉(OPタイプ)はかさばっちゃうから山盛り一杯、小さな茶葉(BOPタイプ)なら中盛りか小盛りで一杯ってとこ。
そして汲みたて、沸かしたてのお湯を使うこと。無臭で空気をたくさん含んでいる軟水が条件なの。水道水は軟水だから、汲んだばかりの水を完全に沸騰させて使うのよ。
そして最後にしっかり蒸らすこと。ちゃんと蓋をするんだけど、それをするとポットの中でタンニンとカフェインが結びつき、まろやかでこくのある紅茶が出来るの。等級によって蒸らす時間が違うから気を付けなきゃいけないからね。ここでは時間を計るのに砂時計を使うから。この四つを忘れないようにしなさい。これが紅茶を作るときの大事なポイントだからね!」
聖美の説明を聞いた恵は理解しようと思ったが、飲み込めなかった。
紅茶じゃないものを作ろうとしてるようにしか聞こえなかったからだ。
次に、聖美は紅茶の作り方を教える。
ちょうど、レンジの前で亜矢が紅茶を作ろうとしている所だった。
「恵、亜矢さんのするのをよく見ておきなさい。後はやっていきながら追々覚えていくことにしましょう」
「はい……」
そう言って、聖美は自分の仕事に行ってしまった。
亜矢はまず、薬缶で組立ての湯を沸かした。かなりたくさんの水を沸かしている。
「……お湯が多い……」
「ん? 何だ、チクリン。湯を沸かす時、カップとポットを温める分も沸かすんだぞ。温め終われば湯を捨て、茶葉を計って入れ、そしてお湯を注ぐ。やかんの側に茶葉を入れたポットを置いておくと冷めにくいし、便利だぞ」
そう言いながら実践して見せる。
恵はただ、亜矢のするのを黙って見ていた。
「入れたら蓋をして等級に合わせて蒸らすんだ。蒸らす時間の長いときはティーコージー、帽子みたいな奴をかぶせんだ。んで、蒸らし終わったらスプーンで葉を起こすようにかき回して、濃さを均等にしてから、このティーストレナーという穴あきたまじゃくしみたいな奴を使って注ぐのさ。これで完成さ」
「まだでしょ!」
自信ありげに言う亜矢に美香が茶々を入れた。
ムッとする亜矢。
「その時最後の一滴、ゴールデンドロップも残さず入れるのよ。あややはいつも入れてないから唯さんに怒られるのよ!」
美香はティーストレナーで亜矢の頭を叩きながら指摘した。
「悪かったな!」
二人は怖い目つきで睨み合う。
それを察してか、恵はその場から逃げるように流しに行き、洗い物をはじめた。
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