Wahr schatz. 3
「詩集を貸すために持っていった亜矢は、三日ぐらいたったある日、大泣きで走って帰ってきたの。母を冷たくあしらい、心配でオロオロする母さんは姉の私に泣きついてきた」
親子してよく泣いたと、ぼやいてしまう鈴。
「まったく、こういう役はすぐ、私にまわって来るんだから。母さんは亜矢にはいつも苦労してたからねぇ。亜矢は何処にでもいるような子供じゃなかったから、すぐ姉の私に泣きついて。普通、母親は子供に泣きつくもんじゃないんだと思うんだけど……仕方なしに私は、ブツブツ言って亜矢の部屋のドアをノックした。けど返事がない。『入るよ』って声かけてから中に入るとあの亜矢が、ベットに俯して泣いてた。そして私が入って来たのを知ると直ぐに抱きついてきてね。『どうしたの?』って聞きながら辺りを見渡してみたら、乱雑に服が散らかっていて、机の上には教科書やノートなんかが滅茶苦茶にひっくり返っていた。いつものことなんだけど、それが妙にヒステリックに見えてねー。大体、亜矢が私に泣きついてくるなんて初めてだったから」
みんなは鈴の話しに聞き入って、何も言わなかった。
ただ、彼女にもそんな頃があったんだと、少し驚いた表情をしていた。
「泣きつくのはいいんだけど、何にも話してくれなかった。困った末、私は少し乱暴な感じで、『話してくれなきゃ帰る』って言ったっけ。そしたら『ヤダッ!』て言って、更にしがみついてくるのよ。お陰でその時着ていたお気に入りの服が涙やら唾やらかかっちゃって、台無し。とにかく話を聞こうと座ろうと思ったら腰をおろす所もなかったから、ベッドに亜矢を座らせて話を聞くことにしたの。けどベッドも散らかってて、話を聞く前に部屋の片付けしちゃったけどね」
鼻で笑う鈴。いろいろと思いだしているのだろうかどことなく楽しそうに見えた。
恵は洗い物が終わり、手をエプロンで拭きながら鈴の顔を見つめる。知見はお客の払いをしにレジに立ち、応対をしていた。
店内にはもう、お客はすっかりいなくなった。
「やっと亜矢が落ち着いたようだったから、話を聞いたの。美香が詩集を汚したらしい事が何とか判ったのよ。彼女は亜矢に謝ったし、亜矢はそれを許したけどやっぱり許せなかったんでしょうね。大事にしているのを知っている私は痛い程それが分かったし、このままほっておく事も駄目だと思った。嗚咽がひどくて何言ってるか分からなかったけど、自分でもどうしていいのか分からないみたいで。とにかく落ち着かせなきゃいけないと思ったから、取り合えず亜矢を残してひとまず部屋を出てミルクティーを作ってあげたの。あの子、あれが一番大好きだったから。それを飲んでる間に私は美香の家に電話したのよ」
「……何のために?」
恵がボソッと呟いた。鈴はそれには答えず話を進めた。
「ポットとティーカップ、そしてミルクを一つずつ持っていって、亜矢の部屋に戻って、どうしたいのか聞いてみたの。美香を許せないのか、心から許したいのかってね。あらかた落ち着いていた亜矢は小さくこう言ったの。『あの子は嫌いじゃない。わざとじゃないのも分かるし、謝りに来たとき泣いてた。涙を見たから許したんじゃない。だけど私は……どうしていいのかわからなかった』。その時、私は亜矢は友達を求めているんじゃないかってことがわかったのよ。今も変わんないけどあの子、不器用だから。『もし、もう一度謝りに来たら友達になって下さいって頼みなさい』って言って部屋を出て、中に美香を入れてあげたのよ。……姉は妹にいろいろ気を使うものなのよ」
「何で美香さんがそこに出て来るんですか?」
聖美が首を傾げる。
鈴はニコニコしているだけで何も答えなかった。
「こうして、あの子達は私のお陰でお互いの心の壁みたいなものを取り去ることが出来たのよ。美香が亜矢に詩集を借りた時点で、友達になって欲しかったのに亜矢はそれに気付かず、許した亜矢に、美香は亜矢が友達になって欲しいと思っているのに気付かなかったのよ。……ホント、強情な子達なんだから」
「鈴さんが電話して、美香さんを呼んだんだ」
知見はそう言って小さく手を叩いた。みんなも小さく手を叩いた。
「中二の時に亜矢がグレた時も大変だったのよ。姉の私も心配したけど、それ以上に美香は心配したの。……亜矢は美香に甘えることはしなかった。いつも一人でいるときが一番いいみたいで、それが余計に美香を心配させているのに気付かないみたいで……。毎日迎えに来てくれてたよ。けど、そのうちいろいろあって……ね」
鈴の最後の一言にみんなよく分からないような顔をしているように恵は思った。
恵はこの前、聞いてしまったあの話を思い出していた。
……美香さんの誕生日の話を……。
「二人とも意地っ張りで心配性で、一度喧嘩したら手が着けられない。……悪いけどあの子達を何とかすることは今の私には出来ないわ」
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