Azure pinion. 3
奥の部屋に入り電気をつけた恵は、英美を椅子に座らせた。
うかない顔をしている彼女は明るい英美ではなかった。
亜矢達と楽しく話していた彼女の変化を、恵は心配に感じたのだ。
「疲れたでしょ? 最近のお客の数、多いもんね」
妙に明るく振る舞ってみる恵。
だが俯いたままの彼女の表情は変わらない。
「どうしたの英美さん。どこか痛いの?」
「……ちがう」
ポツリ、と言葉をこぼす。
「亜矢さん達が変なことでも? 悪気があってじゃないと思うよ。亜矢さんは少しきつい言い方するかもしれないけど、話してるとすっごく暖かい感じがしてくるいい人だよ。美香さんは亜矢さんと性格は正反対だけど相手のことを思ってくれるいい人だから……」
「違うの」
恵の話を断ち切るように英美は言葉を発した。
ゆっくりと顔を上げ、恵に哀しい目をみせた。
「チーちゃんはエーミの事、どう思ってる?」
「どうって……私よりも明るくて、元気があって、可愛くて、それでいてしっかりしてると……」
恵は素直に答えた。
だが英美は不快そうな顔をして、ため息をもらす。
気にさわったことを言ってしまったのだろうか。
恵はしずかに英美を見つめた。
「みんな、本当の私を見てくれない。そんなにいい子じゃない。泣き虫で、弱虫で、臆病でドジでのろい亀さんみたいで、しっかりしてないよ。晶ちゃんは私のこと、媚びててると言うけど、そうじゃない。どうして誰も本当の私を見てくれないの? どうしてなの恵さん? ブルーになっちゃうよ」
英美の瞳からこぼれるものがあった。
体を震わせる少女に恵はどうしてあげるのがいいのかわからなかった。
「人称性格把握っていうのよ」
凛としていた部屋に美香の声が響いた。
その後ろから、亜矢がヒョイッと顔をのぞかせていた。
「美香さん……」
二人はゆっくり歩み寄ってくる。
そっと恵の肩に手を置き、椅子に座らせると英美を見つめた。
英美は目の前にやってきた美香の顔をそっと見上げる。
「人称なんとか……って、なにかの病気ですか」
「そうじゃない。自分の中には多重多面性格があって、自分とは違う自分が無数に存在しているの。自分のことを見ている他人の心にも、自分という存在が、自分を知るの人の数だけ存在している。つまり自分の内と外には、自分が多数存在しているものなの。だけど、どの自分もみんな一つの同じ自分。英美自身、自分のことを考える性格、自己意識のことを一人称性格把握。自分とつきあいの深い両親や友人があなたという人がどういう性格か思っているものを二人称性格把握。親しくない多数の人がどう思っているのかというのは三人称性格把握、と分類できる」
淡々と語る美香。
彼女の後ろで亜矢は腕組みをし、頷いている。
聞いている英美と恵は首を傾げた。
「……あ、あのー」
「ん? わかんない? 要するに人の心なんて誰にもわかんないから、勝手にあなたのことをどう思おうと、その人の勝手。それに、あなたがそのギャップに苦しむのはナンセンス、ってとこかな」
「けど、私はみんなの言うような子じゃない。とろくてのろくてグズでドジで……失敗ばかりしてるダメな子なんです」
「それこそ、そう思いこんでるだけじゃないのかな、英美。自分の性格なんて変わらないと思ってるんじゃない? そう思ってる限り、絶対変わらないよ」
美香は英美の目線に合わせて腰を下げ、一言一言彼女に届くように話した。
英美の目から涙がこぼれる。
「自分は多面性格、つまり別の一面があると思えばいいのよ。だいたい人間誰しもその時その時に応じて使い分けしてるもんなのよ。それをするって事は何かプラスになる所があるからなの」
「そんなこと言われても。何がいいたいんです? 私は自分じゃない自分に思われることがイヤなの、私はみんなの思ってるほど出来た人間じゃない」
「みんなそうだから、それでいいよ」
美香にしがみつく英美は泣きじゃくっていた。
「いいじゃんか。人がどう思おうと。エーミはエーミ。言いたいヤツには言わせとけばいいさ。もし悪口言うヤツがいたらあたい達がぶっ飛ばしてやる!」
亜矢は深紅に染まった髪をかきながらポケットからタバコを取り出し、くわえる。
「美香の言うとおり、空の数星の数だけ自分はいるもんさ。けど、空は空、星は星、エーミはエーミだ。そうだろ」
ライターで火をつけようとした瞬間、美香が亜矢の口元からタバコを握り、引き抜いた。
亜矢を睨む美香の目が、禁煙でしょ、と訴えていた。
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