My Love Your Love. 2
「三千五百円になります。はい、ありがとうございました」
恵がお金を受け取り、愛がケーキの入った箱を笑顔で渡す。
その後ろで光が紅茶作りに励み、聖美と知見はオーダーを持って店内を動き回っている。
以前、紅茶なんか作らないと言っていた光は、恍のわだかまりが解けてから自分から作るようになっていた。
愛は先日の一見以来すごく明るくなった。
特に笑顔を初めて見たとき、この子も笑うんだと誰もが吃驚した。
聖美と知見の二人は長いことバイトしているせいか、動きも手慣れたもの。
同い年なのに何か頼れるお姉さんって感じがする。
「キーヨもよっちーもいい人だしここでバイトできて良かったね、晶ちゃん」
「まあな。これも恍のみちびきってやつか? でも……恍に会いたかったな。またくだらないこととかして笑いたかったよな。……なぁ」
「……うん。でも……」
「でも?」
「恍ちゃんみたいなチーちゃんと会えてエーミちゃんは嬉しいよ。恍ちゃんもチーちゃんも祐介君やこの店、ここに来てここで働いてることだけで嬉しい!」
「……そうだよね。英美、ここに連れてきてくれてありがとう。ボク……」
「ううん、私じゃない。晶ちゃんが怒ってなかったらきっと来なかったもん」
英美らしい、晶は笑った。
出逢いってホント、不思議。
もし気がつかなければただの他人。
ただの風景の一部にしか感じなかっただろうに。
人と人との出逢いって、本当に不思議で素敵だ。
「そういえば恵って、どこに住んでるんだろう。兄妹とかいるのかな? どうしてここでバイトすることになったんだろう」
晶の何気ない疑問に流石の英美も返す言葉がなかった。
「私も晶ちゃんも愛ちゃんもおみっちゃんもキーヨも一人っ子で、よっちーには弟がいるって言ってた。美香さんも弘明君っていう弟がいて、亜矢さんと鈴さんは姉妹で、神名さんっていう人にはお兄さんがいるんだって。あと弥生さんって人にはこの前来た悟君が弟で、祐介君には陽一っていうお兄さんがいるってのは聞いてるんだけど、チーちゃんの話は聞いてないね」
「神名さんってココアの作り方をノートに書いといてくれた人だよね。フーン、ボク達ってチクリンのこと、何も知らなかったんだ」
英美の言う通り、あの子の事を何も知らずに今まで一緒にやってきてたのだ。
別に知らなくても彼女の事は大好きだし、知っても気持ちは変わらない。
ううん、変わりたくない。
「何してるの二人とも。忙しいんだからいつまでも休んでないでよ!」
カウンターから顔だけ出して叫ぶのは光だった。
……ちょうどいい、彼女に聞いてみよう。
「ねえ、おみつ。チクリンのこと何か知ってる?」
「恵さん? 私はよく知らない。キーヨやよっちーの方がよく知ってるんじゃないの」
「ありがと」
晶と英美は慌ててカウンターに入り、店内まで追いかけていった。
光は渋い顔をして彼女らを見送った。
*
「チクリンのことを教えてって……あのねー」
聖美は呆れて二人の顔を見た。
オーダを運び終えたとき、いきなり晶と英美がやってくるなりカウンターへと連れ戻されたのだ。
「なにかトラブルでも起きたと思って焦ったじゃない。この忙しいときに」
「ボク達、恵のこと何も知らなくて今日まできたって思っちゃって……」
「何が聞きたいの?」
「兄妹とか家族構成とか……」
晶と英美は、聖美が話してくれる言葉を期待していた。
傍で聞いていた知見は、話すべきか躊躇している聖美より先に口を開いた。
「お兄さんがいるそうです。名前はたしか望さん。大学の寮に入っているそうです。御両親は仕事が忙しく、なかなか帰ってこないとか。六月に一度、お見舞いに伺ったときに教えてもらいました」
「部屋はすごい散らかりようで、あの子の意外な一面を見た気がしたわね。ずぼらな所があるのよ」
聖美も思い出しながら話した。
「そ、そうなの? それじゃいつも一人なんだ……あの子」
晶は、レジをしている愛の隣で予約したケーキを笑顔で渡す恵の背中に視線を送った。
*
「愛ちゃん、ちょっと……」
レジ担当を聖美と交代した愛に声をかけ、英美は奥の部屋へと彼女を引き込んだ。
「……英美ちゃん、何? 今日は忙しいんだけど」
「チーちゃんのこと訊きたいの。今日クリスマスでしょ、実はチーちゃんにプレゼント買ってきたんだけど、これ……気に入ってくれるかどうか気になって」
部屋の隅に置いてあった紙袋を持ってくると、中から赤い包装紙でくるまれたプレゼントを見せた。
緑のリボンフラワーがついている。
愛はそれを手にし、軽く振ってみた。
見た目ほど重くはない。
「これは?」
「パステルセット。教えてくれたでしょ、チーちゃん美術部に入ってるって」
「そうだけど、パステルは……どうかな」
愛の表情は哀愁を見せる。
それでも英美の気持ちを大切にしようと話し始めた。
「春先にね、恵さんはクラスの子に虐められてたの。その時、大事にしていたパステル、滅茶苦茶にされたんだって。お兄さんからもらった大事なものだって言ってた。……あの時のイヤなことを思い出すかも」
予想だにしなかった彼女の言葉。
英美はプレゼントを抱きしめたまま俯いてしまった。
いつも優しくて、誰にでも優しくて、大好きな恵が虐められてたなんて……その事実に英美は耐えられなかった。
「そうなんだ……。どうしよう……」
「英美さんの気持ちがこもっていれば……喜んでくれますよ」
「そーだよね! 愛ちゃん大好き」
英美は甘えん坊の妹みたいに飛びついた。
妹が生きていたら彼女みたいになついてくれたかもしれない。
そう思うと愛は、英美を強く抱きしめてあげた。
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