Cream puff. 4
「……と、いうことで飲まなくてもいいんですね。紅茶とかの方が」
声を押し殺してやっとの思いで晶は答えた。
その様子をニヤッと笑いながら亜矢は更に話を続けた。
「でも晶、妊娠中はカフェインを含む飲み物はよくないんだぞ。胎児は脳や内臓器官が未発達だし、カフェインの持つ興奮作用でお腹の中で眠っている胎児が目を覚ましたりで、悪影響を与えるんだぜ。妊娠中は気をつけろよ」
「に、妊娠!」
ボッと一気に耳まで真っ赤になる晶。
照れまくる二人を見ながら亜矢は高笑いする。
そんな彼女の隣に座る良晃は、袖を引っ張り、いじめないでという顔を見せた。
「ははは、わかったわかった。ところで祐介」
「な、なんですか」
紅い顔をのそーっと上げる祐介。
「一度聞きたかったんだけど、チクリンとはどうなってるんだ? おまえら付きあってんの?」
「……別に」
「そお? 顔赤いぞ」
「変な話ばっかりするからです! どうして亜矢さんはいつもそうなんですか」
ムッとしてみせる祐介を見ながら亜矢はにやつき、晶を横目で見る。
「ふ~ん、若いっていいね」
笑う亜矢。
隣に座る良晃はノンリアクションで紅茶を飲んでいた。
祐介は恥ずかしく肩を縮こませ晶を見る。
晶も祐介を見、目と目が合ってしまった。
しばらく硬直していたが、しばらくして晶はそっと口を開けた。
「……祐介君、私……」
ガタッ!
店内に床を打つ高い音がした。
その音に二階にいる客たちが反応し、振り返る。
弘明のいるテーブルだ。
連れの男の子が立ち上がった。
「悪いけど……そんな気、今はないよ」
そう言った一人が、一目散に階段へと歩き、サッサと降りていった。
「ま、まてよ。神代……あっ」
弘明は立ち上がり振り向いた。
その時、近くのテーブルにいた祐介に気がついた。
「……」
弘明は背を向け座ってしまった。
そして黙りこくった。
賑やかな室内も一瞬沈黙となったが、何事もなかったようにまた騒がしくなった。
亜矢は弘明を見ている祐介を見て声をかけた。
「あいつ、いたんだ……訳ありって言ってたよな。あたい達に何があったのか話してくれないか?」
しばらく黙って考えていた祐介だが、頷くと話しだした。
席を立って出ていったのが八千矛神代。
一つ年上の沼河姫子とは家も近く、幼い時からいつも一緒で時に頼れる姉として、友人として、大切な人として神代の心の中で大きくなっていった。
しかし彼女は交通事故に巻き込まれて、今年の八月なくなった。
以来、彼は鬱ぎ込み、心を閉ざし、誰とも口をきかなくなった。
けどそんな彼を慕っている子がいた。
クラスメイトで、弘明の隣に座っている華丘春流、彼女だ。
彼女は落ち込む彼を見ていることが出来ず、何とか力になってあげたかった。
その気持ちが好意と結びついたが……。
*
「……やっぱり死んだ人には勝てないね」
春流は弘明に笑っていった。
けどその笑顔は無理して作ってることは明らかだ。
「……折角弘明君に無理言って予約してもらったのに。私……我が儘よね。神代君の気持ちも考えないで……」
テーブルには立ちのぼる湯気も見られないティーカップが並んでいる。
「あ、あの、オレ……頼りにならなくて……けど、君のことオレ」
「弘明君、もういいの。初恋は失恋に終わったけど、神代君の事やっぱり好きだから……。今日はありがとう」
明るく笑い、春流は席を立った。
歩いていく彼女の後ろを慌てて弘明が追いかける……が声をかけられなかった。〝慰めないで〟って背中が黙って語りかけている気がしたからだ。
*
二人が階段へと消えていくのを見て、祐介はため息を漏らした。
「ふーん、そういうことか。祐介、どうせ神名か美香に頼まれたんだろ? ったく、お前は」
亜矢は苦笑しながら紅茶を飲んだ。
良晃と晶は首を傾げ考えてしまった。
結局何しに祐介と二階に来たのか、晶にはわからなかった。
*
二階から降りてきた晶と祐介は、カウンターで誰かと話す恵を見た。
「あの、竹林さん。……僕と今度映画でも行きませんか?」
「……二人で……ですか?」
「うん、これから僕と……」
「神谷君と? でも春香と……」
「彼女とは友達として付き合ってるだけだよ。竹林さん」
相手が誰なのか祐介にはすぐわかったが、階段を降りる足が止まる。
晶は彼の顔を見、そしてカウンターの方を見た。
「神谷君。ごめんなさい。嫌いじゃないけど……ゴメン」
「……けど、あいつは君のことを……別に」
「かもしれないです。けど、ごめんなさい」
軽く頭を下げる恵。
航治はわかったよ、と優しく声をかけて店を出ていった。
恵は何気なしに顔を上げ、こっちを向いた。
晶は祐介の顔を見て、また恵を見た。
見つめ合う二人。
恵はしばらくこっちを見ていたが、俯いて奥の方へと姿を消した。
その後、祐介は店から出ていき、晶はまた仕事に戻った。
彼が出ていくとき、恵の哀しそうに見送る姿を晶は見てしまった。
奥の部屋から出ていけない晶は一人立ちつくしていた。そこへ心配そうな顔をした恵がやってきた。
「……晶ちゃん、どうかしたの? 祐介君に何か言われたの?」
「……べつに」
「晶ちゃん?」
「牛乳持ってこさせたの誰? 私が飲めないの知ってるはずなのに、誰も止めてくれなかったの? どうせ英美の仕業だろうけど」
ムッとした顔をして恵を睨む。
ええっと……という顔でごまかそうとする彼女の顔を見て笑った。
「牛乳のことは、怒ってないです。それにしても祐介、変わったなー。昔は優しくていい子だと思ったけど、それだけで何の取り柄もないから。つまんなかったなあ」
「晶ちゃん……」
「昔の……話だって。今はボク、別にどうとも思ってないし、他に……いるから」
その瞳で笑いながら少しはにかんで見せた。
恵はキョトンとしてこっちを見ていたがホッとしたのか笑みが見えた。
「さーて仕事仕事。休んでた分しっかり働かなきゃね!」
恵の肩を叩いて、晶は陽気にカウンターへと歩き出した。
振り返ると、恵はまだ不安そうにまだこっちを見ている。
だから晶も恵を見つめた。
「何かついてる?」
「い、いいえ……」
「仕事しよ! チクリン」
「うん!」
やっと笑顔になる恵。
その顔を見て晶は笑って見せた。
どんなに彼女が不安がって見つめても、晶は笑顔で嘘をつく。
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