Love medicine. 1
幼い頃、少女は笑顔に満ちていた。
輝く空、草花の色、土の匂い、詠う風、暖かな温もりと倖せ。
優しさにいつも抱かれていた。
少女が五歳の時。
妹の突然の死。
父に泣きつく母の姿。
厳格な父はその時から変わり、少女も変わった。
少女が六歳の時。
重度の熱で病院の一室に眠る我が娘を見舞ってから仕事に行こうと母が部屋に訪れた時のこと。
『アイちゃん、具合どう?』
『……大丈夫。早く仕事に行かないと遅刻するよ』
そう答える少女の顔は病気がちで蒼白といえ、情がなかった。
かつて笑みを見せ、心を和ませてくれた幼子の顔ではなかった。
三年前。
月明かりで照らされた川辺にて。
私って誰?
私、何してるの?
時折胸を締め付けるように悩みに苛まれると、家を抜け出して人けのない川岸に来てしまう。
恍に出会ったのはそんな時だった。
彼女は何も訊かなかった。
私の事、どうしてここにいるのかを。
だからなぜか話していた。
絶対自分の気持ちなんか言わずに生きてきたのに彼女だけには話せた。
私も彼女の事は訊かなかった。
だから彼女は話してくれた。
心に溢るる思いの丈を。
そんな時、私を捜していた父に見つかった。
思わず怯えた。
次の瞬間彼女は私と父の間に立ち塞がっていた。
『あなたなんかにアイは渡さない! 子供は親の人形じゃ 』
そう怒鳴った時、彼女は目の前で崩れ落ちた。
そして容赦なく父は殴る、蹴るの暴行を加えた。
彼女を叩きながら父は『私のメグムを誑かすな!』と叫んでいた気がする。
父が暴力を止めてくれたのは私が素直に家に帰ると約束した後だった。
彼女はあちこち腫れ上がり、口から血が見えた。
別れ際、恍は私に言った。
『あなたは妹さんのメグムでも、父親の言うとおり生きる人形でも何でもない。自分を犠牲にしてまで言いなりになんかなっちゃダメ! あなたはアイでしょ。アイらしく……生きて!』
彼女は恍と約束を交わした。
けどその約束は未だに守れてない。
……だからこそ、ここで働いているのかもしれない。
*
天ノ宮女子高等学校正門前。
白いコートに身を包む、二人の生徒が歩いてくる。
恵と愛の姿だ。
二人は店で見るような柔らかい表情をしていない。
どこか寂しげで強張った感じだった。
最近、彼女達は一緒に学校を出るようになっていた。
向かう先は決まっている。
二人は何か会話を交わす。
「メグさんは姉妹とかいるんです? 私は……お兄ちゃんがいるんだけど」
「お兄さん……ですか。……いいですね」
「けど大学、うちから通ってないから一緒に暮らしてないんです」
「そう……」
「あの、メグさんは?」
その問いに一瞬表情が曇る。
下唇を軽く噛む彼女を見て、恵は訊いてはいけない事に触れたと悟り、俯き目を反らした。
なで、なで、なで。
恵の頭を、愛は優しく撫で、笑って見せた。
愛という人間は、自分のせいで誰かを困らせることを嫌う。
それが彼女の優しさでありいい所なのだ。
二人は楽しそうに話をしながら正門へと歩いていく。
その時、愛の足が止まった。
「?」
恵は彼女が見ている方、門の近くを見てみた。
その子は茶髪で髪の長い他校の生徒。
天ノ宮は女子校なので間違いなく他校の男子生徒が立っているのが見えた。
店に何度か来たことのあるような子だ、と恵はすぐに分かった。
愛はまた歩き出し、彼の横を通り過ぎていく。
「あ、あの」
声をかけてきた。
愛は無視して歩いていく。
恵は彼の横を通り過ぎる時、チラッと顔を見てから愛の元へと急いだ。
「このところ毎日見るね、あの子。メグさんに用何じゃないの?」
「……好きなんだって」
「はぁ? メグさんのこと?」
……こくっ、と頷き俯いた。
愛の顔が少し朱がのぼっている。
彼女の気持ちを訊いてみるも、答えてはくれなかった。
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