Love medicine. 4

「いらっしゃいま……あっ! 秀二じゃないの何しに来たのあんた」


 晶は、ドアを開けて入ってきた茶髪のロンゲで肩にギターケース背負う男を指さした。

 少し恥ずかしそうな顔をしてカウンターに近づいてくる。


「そんなでかい声出すな! 恥ずかしいじゃないか。男の俺が一人でここ来るの、恥ずいんだかんな」

「だったら来なきゃいいじゃん。で、何しに来たの?」

「あ、あのー……朧月さんいる?」


 一応カウンターと店内を見渡してから訊いた。

 晶は腕組みして少し睨むように彼を見た。

 何かいつもの秀二じゃない。

 何かナヨナヨしてると言うか、落ち着きがないというか……。

 それでピンときた。


「そうねー、愛は何処行ったかしらねー。英美知ってる?」

「メグタン? んーとね……。エーミちゃんにもわかんなーい。さっき来た所だから……えっと、おみっちゃんしってる?」


 晶の隣でキャラキャラ笑いながら光の肩に飛びつく。


「え、えっと愛さんは確か、恵さんが……」


 そう言いかけたとき、恵が奥の部屋からひょっこり顔を出した。


「いい所にきた。チクリン、愛は?」


 晶は辺りに聞こえるような大きな声で訊ねた。

 その度に秀二の顔が赤くなる。


「メグさん? 今はちょっと……。えっと何か用ですか?」


 恵はカウンターに入り、秀二の顔を見つけた。


「えっ! いやその……べ、別に……ははは。……バイトには来て……」

「はい、来てます。今ちょっと……ね。急いでるなら変わりに伝えますけど」

「いや、いいッス。自分でこれは……」


 そう言いかけた時だった。

 奥の部屋からカウンターに姿を現した愛。

 みんなの視線が向けられる。

 黙視するが顔は『何?』とみんなに訊ねている。


「メグさんに用があるって」


 恵はそう言って指さした。

 彼女の指さす方向、入口に立つ秀二がいた。

 彼は愛を見るなり顔が赤くなってきた。

 晶と英美はニヤニヤして見ているが、光はそんな彼女達の襟首を掴み、仕事に戻らせる。

 恵は愛の顔を見上げる。

 いつもと同じ顔をしていた。


「あ、あの、朧月さん。お、おれ……いや僕はその……今日はこの前の返事を……聞かせて、聞きたくて来ました。あ、あの僕と付き……」


 秀二は真顔で辺りに聞こえるほど、はっきりな声で言いかけた時だった。

 ドアが開き、背の高い黒いコートを羽織ったスーツ姿の中年男性が入ってきた。


「どきなさい。私は市教育委員会の者だが、責任者を呼んでもらえないか」


 秀二を押しのけ、カウンターに両手をつくと低い声で恵に言う。

 その態度は大きく、また命令的だった。

 一瞬、店内に沈黙が走る。

 ブラウニー達も声を失い、入ってきた男を見つめた。


「……お……父さ……ん……」


 愛の目が一瞬大きく開き、呟いた。


「メグム、やはりここにいたか!」


 眼鏡の奥、彼の目が一瞬大きく開き、愛を冷視する。

 恵は、晶と英美に唯と直人を呼びに行かせた。

 二人は急いで奥の部屋へと消えていった。


「光さん、一応……お茶の用意、お願いします」


 恵の囁きに頷くものの、作ってあげる理由がわからないという顔を光はしていた。

 だから恵は小さな声で『一応この店に来たお客だから』と話した。

 恵は愛の横に立つと見上げるようにして相手の顔を見た。


「しばらくお待ち下さい。いま呼びに行かせてますので」


 ニコッと笑って見せる。


「ん? お前は確か、恍とか言ったな。またうちの娘を誑かしたのはお前か」


 パシッ!

 いきなり平手が飛んでくる。

 恵は思わず目を閉じた……が痛くない。

 おそるおそる目を開けると、叩いたのは愛だった。

 男は頬を叩かれ、その勢いで眼鏡が床に転がった。


 バシッ!

 父は左手で愛を叩いた。

 その勢いで彼女は倒れ、恵も一緒に床へ転倒してしまう。


「うっ!」  


 鈍い音がした。

 光はその有様を目の当たりにして思わず口を手で押さえた。

 愛の下に、潰されるように恵は床に倒れていた。

 愛は慌てて起き、恵を抱き起こす。

 だが恵は頭を打ったのか、苦悶の表情を浮かべている。


「チ、チクリンさん、し、しっかり!」

「……いたっ」


 目から涙をぽろぽろ零しながらその場にうずくまった。

 愛は恵の被っている頭巾を取り、光から受け取った濡れたタオルをあてた。


「ど、どうしたの!」


 唯達がカウンターへとなだれ込んできたのはそんな時だった。

 厨房にいた祐介達は勿論、蘭と霞までカウンターにやってきていた。

 その大変な騒ぎの中、秀二と、愛の父はただただ立ちつくして見ているだけだった。

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