Auld lang syne. 6

「あのー」


 彩世は首を傾げた。

 先程の騒ぎで、目の前に座る彼女が黙り込んでしまったからだ。

 どうも来店してテーブルにふせっている子が気になるらしい。

 眼鏡がライトに反射していてどんな表情をしているのかわからない。


「あのー」

「あ……ゴメンね。ちょっとボーっとして」

「い、いえ。…………あの、さっき持ってきてくれた人いましたよね。『紅美さん』って言ってましたけど小川紅美さんと知り合いなんですか?」


 彼女はその問いには答えず『どうして?』と言った表情で彩世を見つめた。


「中学のとき同じクラスで、私なんかよりも頑張りやで、友達もいっぱいいて……憧れてたんです。私もあんな風に笑ったり喜んだり出来る友達が欲しいって……。一度だけ、話したことがあるんですけど、あの時は嬉しくて寝られなかったです。同じ学校に入れたけど、私はいつまでも昔の私のままなんです……」

「昔のまま……ね。人って思い出すことで生きていけるんだと私は思う。たいした生き方してないけど、好きだった事や頑張ってきた自分、笑ったときの日々を思い出してね。その時の思い出を、いまは少し忘れてるだけだよ」

「それ……紅美さんが言ってたのと同じ。あなたは誰なんです?」


 彩世は小さな目を大きくして、目の前の女性を見つめた。

 髪の長い、眼鏡をかけたその女性は『誰でしょね』という感じでニコニコ笑っていた。



                *



「失礼します、食べ終わったグラスを下げに来ました。ハーブティーのお代わりはいかがです?」


 彩世が座るテーブルに紅美は顔をだす。

 目が合うと、彩世は俯いてしまう。

 

「今度は彼女を、店に紹介するつもりですか?」


 トレーに皿を乗せて片付けながら、紅美は眼鏡をかける彼女に声をかけた。


「まあね、紅美さん。遅ればせながら、天ノ宮合格おめでとう」

「ありがとうございます。久々だから、はじめ見たときわかりませんでしたよー」

「わたしは、何度かあなたを見かけたことがあったけどね」

「だったら声かけてくださいよ―、ひとが悪いんだからー」


 急に明るく話し出す二人を前に、彩世は顔を上げた。


「あ、あの……お二人は、知り合い?」

「知り合いもなにも……」


 紅美は鼻の頭を指でかきながら、気まずそうに視線を彷徨わせている。


「困ってたとき、先輩に出会って、この店に連れてこられて紹介してもらったから」

「そ、そうなんだ……」

「トライフル、美味しかったでしょ。わたしも、ここに来たとき食べたからね」


 屈託のない笑みを浮かべる紅美を前に、彩世は戸惑っていた。

 こんなに気軽に話しかけてくれている。

 そればかりか、彼女に困っていたことがあったなんて。


「ほんと、竹林先輩には感謝してます」

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