Auld lang syne. 5

 彩世は、初対面の眼鏡をかける彼女に自分の話をした。

 友達が欲しいのにみんなからは無視され、毎日がイヤで仕方がないことを、つたない言葉でゆっくり時間をかけて。

 眼鏡の彼女は、親身に彩世の話に耳を傾けていた。

 ときどき頷いたり口元を緩ませたり、困った表情をうかべることもあったが、真剣に話を聞いていた。

 自分の両親にも話したことのない話をしている自分に、彩世は驚いていた。

 結構おしゃべりなんだと気づきながら。


「そうなんだね。それなら、心から話せる友達を作らなきゃね。私がその一番でいい?」


 そう言って、眼鏡をかける彼女は、右手を差し出してきた。

 思わず彩世はその手を握っていた。

 眼鏡の向こうみえる彼女の瞳は、笑っていた。


「あ……あの、名前まだでしたよね。あなたは……」

「私? 私はね 」


 答えようとしたその時。

 店内に響くほどの大きな音がした。

 店にいた全員が、音がした方に目を向けた。

 見ると、入口のドアを開けて駆け込んできた客がいた。

 黒い制服を着たその女子高生は、両膝に手を当て、項垂れるように立っていた。

 


                *




「アイじゃない! どうしたの、全身ずぶぬれじゃないの」


 唯は慌てて、カウンターの上に置いてあったタオルを手に、朧月愛の頭を拭いてあげた。

 どうやらこの雨の中を走ってきたらしい。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ん、はぁあー、みなさん来てたんですか……。はぁ、はぁ、はぁ、はー」


 息が切れそうな息遣い。

 立っているのも辛そうだった。

 肩を貸すと、唯の身体にぐったりと身を委ねてきた。

 みんなは一体何があったのか心配そうに見守っていた。

 紅美はカウンターに入り、作りだめしてあるアイスティーをグラスに入れ、愛に渡した。


「どうぞ」

「あ、あ、あり……がと……」


 愛はそれを受け取り、一気に飲んだ。


「ふぅー、……チクリン、学校辞めてません」

「えっ? それホント?」


 みんなは驚き、愛が話しやすいよう、椅子に座らせた。

 唯は彼女の口元に耳を近づけると、要点だけ聞き出した。


「なるほど。あくまで噂なのね。一学年、十三クラスもある天ノ宮だと、同じクラスでないとわからないよね。それで噂を聞いて、知らせに来てくれたのね」


 唯は驚かず、落ち着いた様子で愛と話していた。


「電話やメールでよかったのに」

「あ……知らなかったから」

「あれ? 教えてなかったかな。ごめんごめん」


 愛が店でバイトをしていたのは半年前のこと。

 店の電話番号くらい知っていると思っていた。

 悪いことをしたかも知れないと、唯は謝罪を込めて愛の頭を撫でた。

 愛はようやく落ち着き、テーブルにぐったりと俯せになった。


「唯さん、いまの話ほんとうなんですか?」


 恵と一緒に働いたことのあるみんなは興奮気味に、唯を取り囲んだ。

 そんな彼女たちを横目に、紅美はそっと離れた。


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