Phalic girl. 2

「そういえばチクリン、おミツはどうしたの?」


 愛達の後ろ、お湯を沸かしはじめる恵に聖美は声をかけた。

 そういえばと知見は辺りを見渡し、光を捜してみた。

 店にいないことが分かると、知見も訝しげに恵を見た。


「えっ? ……えっとー、その……も、もうすぐ……」


 何か言いかけた時だった。

 ドアを開けてお客が来た。

 みんなは店先に目を向け、『いらっしゃいませ』……と言おうとして、声が止まった。


「祐介君、いらっしゃい。遅かったですね。二階の三番テーブルです。オーダーはどうしますか?」


 硬直しているみんなをよそに、恵はいつもの感じで淡々と話しかけた。

 祐介はチラッと後ろにいる光に目配せしてみせるが、それに気付く様子もなく俯いていた。


「ラベンダーブレンドティーに紅茶ケーキ。二つずつお願いするね」

「かしこまりました」


 オーダーを書く恵に祐介は小さく手を振って、光と一緒に階段を上がっていった。

 二人が二階に上がるのを見届けてから、晶は恵に近寄る。


「チクリン、何で祐介が光と一緒なのよ! しかも仕事もズーとサボっちゃって、何あれ!」

「晶ちゃん、怒んないでよ。私は別に……」


 たじろぐ恵。

 しかし晶はさらに迫ってくる。

 気が付くと背中が壁にあたった。


「何か知ってるんじゃないの? それともチクリンの企み?」

「べ、別に、企みだなんて……その……あの、だから……」

「やめて、晶さん」


 愛は彼女の手を掴みかける。

 しかしそれより早く、晶は手を振り解き愛を突き飛ばした。

 次の瞬間、鈍い音が辺りに聞こえた。

 晶がとっさに振り向くと、床に倒れた愛の姿があった。


「…………あ……うぅ……ぅ……」


 痛みに顔を歪ませ、譫言のような声を出している。

 人差し指が痙攣をしたかのようにピクッ、と反射的に動いた。

 英美は思わず口に手を当てた。

 聖美と知見も声を失い、動けなかった。


「メグさん、しっかり。大丈夫?」


 そんな中、いち早く彼女に近づいたのは恵だった。


「私の声が聞こえる? 愛さん」


 動かさずに声を掛けると、愛はうっすらと目を開けた。


「……ほ、ほのか?」

「めぐみだよ。大丈夫? 立てる」

「うん、大丈夫」


 後頭部を押さえながら、愛は上体を起こした。


「なにが起きたか覚えてる?」

「うん。いきなりつい飛ばされて倒れた……ちょっと痛い」

「冷やしに行ってくるね」


 みんなにあとは任せて恵は、愛に肩を貸し、奥の部屋へ行く。

 晶は一連の目の前で起こった事がわからず、その場に崩れ落ちる様に膝をついた。


「晶、ちょっと来なさい」


 入れ違いに奥の部屋から顔を出したのは唯だった。

 唯は晶の手を引っ張り、無理矢理連れていった。

 カウンターに残された英美、聖美、知見の三人はしばらく呆然としていた。


「…………ラベンダーブレンドティー……だったよね?」


 聖美が口を開く。

 戸惑う知見はまばたきをくり返す。


「えっ、何?」

「祐介君のオーダーよ。よっちー、何聞いてたのよ」


 聖美は、手に持ったハーブティーポットで軽く知見の頭をこついた。


「そんなもので叩かないで下さい。ドライハーブ取ってきます。お湯、沸かして下さい」

「お願いね」


 知見はこつかれた頭を撫でながら、奥の部屋へ入っていく。

 聖美はポットに水を注ぎ、レンジにかける。

 知見が戻ってくると、ティーポットにラベンダー、レモングラス、、スペアミントローズマリーを手頃な大きさにちぎって入れ、そこに熱湯を注ぎ入れた。


「よっちー、トレーに紅茶ケーキ、乗せといて」

「はいはい、分かりました」


 ガラスケースの前にしゃがみ込んで引き戸を開け、中から紅茶ケーキを二つとりだした。

 皿にのせ、カラメルクリームでトッピングする。

 二人の手際の良さを感心しながら英美は見ていた。

 ティーセットと砂時計を乗せ、オーダーが出来あがる。

 知見はそのまま持って、カウンターを出ていった。


「ねぇー、キーヨちゃん。ハーブティーっておいしいの?」


 今までの様子を見ていた英美は、余ったハーブティーを捨てる聖美に声をかけた。


「えっと森原さんだっけ。飲みたいの?」

「うん! チーちゃんはいつも作ったもの飲ましてくれるんだよ。ちょうだい!」


 聖美は『恵は甘いんだから……』とつぶやいて、ティーカップに注いだ。

 手渡されると、英美は喜んで一口飲んでみた。

 きっとさぞかし甘くておいしいんだろうと、ラベンダーの香りから想像して……。


「うげっ! まずーいぃ」


 顔をしかめ、慌ててシンクに行き、吐き捨てた。

 そんな英美の様子を見て聖美は思わず吹き出す。

 その態度に、英美は怒った。


「何でこんなまずいもん飲ますんですか! 酷いですー。キーヨさんのイジワルー」

「ハーブティーってのは香りを楽しむものなのよ。心を落ち着ける時とか、気分をリラックスさせる時とかに飲むもので、砂糖とかを入れて飲むんだから。そのまま飲んだらただの草のゆで湯じゃない」


 笑って説明する聖美を前に、英美は唇を噛み、煮え湯を飲むしかなかった。


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