Trifle tea. 2

「……い、いらっしゃいませ」


 思わず美香は返事をしてしまった。

 その状況に、他のみんなの目が点になってしまう。

 なにも間違ってはいない。

 これが哀しきバイトの性。

 さぼるために働いているのではないのだ。

 それよりもみんな、入り口に立ち尽くす客二人を見て、おかしな事に気付いた。

 男の子の方はさほど濡れてはいないのに、連れの女の子は全身ずぶ濡れ。

 彼女の足元には雫がこぼれ、水たまりができそうだった。


「聖美、連れの女の子の方を奧に連れて行ってシャワーを浴びさせて。知見はあの子に合ったうちの制服を探してきて。美香、あとはお願い」


 鈴は小声で三人に指示した。

 彼女達は軽く頷くと、すぐに行動に移った。

 亜矢はそんな鈴を横目で見てから怠そうに立ち上がった。



                   *


 

 聖美はカウンターの中に少女を招き入れ、奥の部屋へと先導していった。

 奥の部屋は暗くて狭い。

 棚の上には小さな缶がズラッと並べられてある。

 聖美は少女を更に奥の部屋へと連れていく。

 そこは個室だが立派なシャワー室があった。


「早くシャワーを浴びた方がいい。本当に風邪引くよ」


 バスタオルを棚から取りだして渡すと、そっと押し込むように中に入れた。


「濡れた制服はそこに置いてある籠の中においといてね。着替えは持ってくるから」

「……」


 少女は仕方なく制服を脱ぎ、シャワー室に入ってノブを回した。

 勢いよく噴き出す湯に手を触れさせてみる。


 ……温かい……


 感覚の無くなっていた手足に暖かさが感じいった。

 冷え切った体を心まで温めていく感じだった。

 湯気で充満していく中、頭から湯を被りながら目からは涙がこぼれ落ちていく。


「……な、何で、……私……」


 嗚咽が止まらない。だが、シャワーの音に全て掻き消されて誰にも聞こえることはなかった。



                  *




 雨はやみそうになかった。

 窓ガラスは曇って外の様子はよく見えない。

 ただ窓を打ち付ける音だけが聞こえる。

 美香はカーテンを閉め、看板を『CLOSE』に変えた。

 何か訳ありの二人の客に対して、そうするしかなかった。

 横目で奧のテーブルの方を見つめてみた。

 少年は濡れた上着を椅子にかけ、ネクタイを緩めていた。

 そして連れの女の子は店の制服に着替えさせられ、聖美が連れてきた。

 みんなと同じ、白雪姫に出てくる小人みたいな服に大きな蝶ネクタイとエプロン、腰にはそれを止めるために帯を巻いている。

 頭には頭巾を小さくしたような帽子をかぶっていた。

 他の子は着こなしているのだが、彼女はみんなより背が低いためか、服に着られているといった感じになっていて、少しおかしかった。


「座って。ご注文はどうします?」

「とにかく温かくて、落ち着くものを……ハーブティーを頼みます」

「はい、分かりました」


 注文を聞くと、美香はカウンターへと戻っていく。

 会話を聞こうと振り向くも、話す様子はなかった。

 戻った美香は亜矢に注文を伝え、モップ片手に入り口に出来た水たまりを掃除しに向かった。

 カウンター内では鈴がお湯を沸かしながら首を傾げていた。


「あの二人、確かさっき……」


 鈴はバイクに乗っていた時のことを思い出していた。バイトに来る途中でぶつかりそうになった時の……あの子だ。


「ちょっと見ないうちに祐介君、大きくなったわね。弘明よりも背は低いけど」


 美香は少しにやけて呟いた。


「……祐介か。今、いくつか知ってる?」

「弘明より二つ上だから、高校一年生かな」


 美香と鈴は奧のテーブルの彼らを見ながら話していた。

 鈴は連れの女の子の方に目がいく。

 少し俯いて祐介の話を聞いているかのように見えた。


「美浜君がどうかしたんですか」


 知見が奧からこっそり顔を出した。


「知見も知ってるのよね、祐介君のこと」

「はい。キーヨも知ってますよ」


 大きな眼鏡を掛け直すと、少し哀しそうに話した。

 聖美も悲しそうな目をしていた。


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