EVALUATE LADY. 2

 二階に上がった恵は、オーダーを頼んだお客を前に硬直した。

 正確にいうと、呆れたのだ。


「やぁ、チクリン。元気に働いているみたいだな、ご苦労ご苦労」

「すみません竹林さん。亜矢のヤツがどうしてもって」


 そのテーブルには、亜矢と彼氏の高橋良晃の二人が座っていた。


「亜矢さん、いつのまに来てたんですか。いるなら手伝って下さいよ。今日、私一人で大変なんですから!」

「たまにはいいんじゃないの?」


 にっこりする亜矢。

 恵が持ってきた紅茶を一口、美味しそうに飲んでから、スコーンをつかみ、ちぎっては口に放り込む。


「ここしばらく、一人なんですよ」

「唯さんいるでしょ」

「いますけど……」


 ちぎっては食べ、食べては飲む亜矢をみていると、恵は泣きそうになってしまう。


「ちょっと、亜矢さん」


 良晃が、亜矢の肩をつつく。


「なに? 良晃」

「少しぐらい、手伝ってあげてもいいんじゃないかな」

「辞めた人間に頼るのもどうかと思うよ。それに、ここでチクリンを手伝ったら、困ったら誰かに頼る癖がつくかもしれないだろ。なにせ、いまはデート中だからね~」


 甘えた顔で亜矢は良晃に笑いかける。

 だが、彼は口を結んで首を横に振った。


「困ったときはお互い様だと、僕は思うよ」

「……わかってるよ。せっかく美香が赤点取って勉強漬けで大変な時を見計らって、良晃と会ってるってのに」


 亜矢は渋々席を立つ。


「僕のことを大切に思ってくれるのは嬉しいよ。大切だと思える友達も、大事にしてあげて」

「わかったよ」


 軽く手を振って亜矢は、恵と階段を下りていく。


「ありがとうございます。無理なことをお願いして」

「いいさ。今回は頼まれて来たんだから」

「……誰に?」


 亜矢の言葉に恵は聞き返す。


「唯さん。チクリンが一人で大変だから、時間があったら手伝ってほしいって」

「だったら、もっと早く手伝いに来てください」

「一人でできてたから、手伝わなくても大丈夫かなと思って。一応、辞めた人間だからね」


 辞めた人間、という言葉をきいて、恵はお礼の言葉しか返せなかった。

 そんな恵の肩に、亜矢は手を置いた。


「ところで、チクリン。いつ新しい子が入ったんだ」


 亜矢の言葉に恵は驚いた。

 彼女の言うとおり、カウンターの中には背の高い子がいる。

 とにかく二人は慌ててカウンターに入った。


「お客さん、勝手に入ってもらっては困るんですけど」


 恵はその子に向かって注意する。


「竹林恵さんだよね。私、隣の五組の芦田未和あしだみわっていいます。私には信じられないのよね。あなたみたいな子が作る紅茶飲んで素敵になれるわけない」


 彼女はそういうと、恵の頭から頭巾を取り上げてかぶった。


「あ……」

「おい、何するんだよ。喧嘩売ろうってのか」


 亜矢は喧嘩っ早い口調で相手を睨み付ける。


「やらせてもらえたらわかるよ。こんなド素人より、私の方が上手にできるって」

「ふ~ん、じゃ、やってもらいましょうか」


 奥からひょいっと顔を出す唯。

 驚く亜矢の顔をみつけると、不敵に笑った。


「その格好じゃ困るから、取り合えずエプロン付けてください。亜矢、問題が起きないようサポートお願いね」

「このための手伝いだったとは」


 亜矢は未和とともに奥の部屋へと入り、着替えて戻ってきた。

 エプロン身につけた未和は、恵を見下ろす。


「わたしの方が、ピッタリ似合ってる」


 恵は言い返さず、たまっているオーダーを慌てて作り出した。

 亜矢は銀のトレーにケーキを並べると、運べるものから順に持っていく。


 ……なに、この子。無愛想で暗い。

 紅茶ぐらい簡単。

 こんな子みたく、とろとろとやってらんない。


 未和は心の中で呟きながら、恵の隣で湯を沸かしはじめた。


「竹林さん、紅茶がどうやってできるか知ってる? 知らないでしょ。紅茶は茶、つまりツバキ科の常緑樹のこと。茶葉を完全発酵させたものを紅茶、短時間の発酵より出来るのがウーロン茶、発酵させずに蒸したり煎ったりするのが元の茶色を持った緑茶。元はみんな同じ一つなのよ。知らないでしょ」


 淡々と語る未和。

 そうなんだ、と恵は感心した。

 珈琲は珈琲の木から取るように、紅茶は紅茶の木からと思っていたからだ。

 恵は茶葉を計って入れ、一気に沸いた湯を注いだ。

 ティーポットにティーコジーをかぶせ、その脇に砂時計を置く。

 砂時計は音もなく上から下へ砂が落ちていく。

 砂が落ちきる前に、次のオーダーを作らなくてはいけない。


「あなた、遅い!」


 未和は恵よりも先に、つぎの用意に取りかかっていた。

 見慣れぬ器具、見知らぬ場所なのに、未和は淡々と作っていく。

 度胸と手際の良さに恵は、みっともなく、口をポカーンと開けてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る