EVALUATE LADY. 1

 世界は小さくなった。

 小さな掌の上で踊るような猿芝居、それが世界。

 飛び交う情報は千差万別。

 正しきものあれ。

 異なるものあれ。

 目に映るものの形なき全てが情報の一つ。

 言葉も文字も画像も全て記号に過ぎない。

 暗闇に浮かぶ林檎に飛び交う無数の蠅の如く、世界を巡る人工造物により、世界はより小さく、狭くなる。

 ゆえに取り巻く時間は、より速くなる。


 ジカンハスコシズツカソクシテイク


 手の中には全てがある。

 全ての世界。

 全ての社会。

 全ての今が手に入り手に取るようにわかる。

 これが世界、これこそ『世界』と叫べるものがある。

 世界の仕組み。

 社会の仕組み。

 人の仕組み。

 心の仕組み。

 事件、事故、災害、殺人、戦争。

 ありとあらゆるものの構造や成り立ちを知っている。全てを知っている。


 シッテイル、トイウキニナッテイル


 人は忘れる。

 傲慢な性格が故に、何も知らぬ無知なるものだということを忘れてしまう。

 何も知らないくせして知ったかぶりをする。

 貴方は一体何を見たのか!

 何を知っているのか!

 どれほどのことを知っていて、それらを生かしているというのか!

 情報知識だけの人間は悲しいものである。

 彼女はその情報を知っていたから、店に訪れたのかもしれない。 



                 *



 美浜市、美浜駅前近くにある小さなケーキショップ『PEACH BROWNIE』は女子中高生達の間でちょっとした有名な店。その店にはある噂があった。その店でケーキを食べ、お茶を楽しんだ人は素敵になれるという。   

 今日も店内は彼女達で占められ、恵は小忙しく働いていた。


「一人でこなせれるようになったね。でも、無理しないでよ」


 受け取った代金をレジに入れながら、唯は恵に声をかけた。


「唯さんが手伝ってくれてますから」

「私も今日は忙しいよ。今日は旦那がいなくて。あとでケーキ作らないといけないし」

「唯さんが……ですか?」


 恵は不安そうな顔をする。

 そんな彼女に笑みを浮かべる唯。


「何かご不満?」

「い、いえ……ケーキ、作られてるんですね」

「もちろん!」


 にこやかに笑うときの唯は要注意、と教えてくれた亜矢の助言が脳裏をよぎった。

 変なことを言わないほうがいい。

『泣く子と地頭には勝てない』という、昔の人の言葉にもあることだし……。

 今日は知見と聖美は休み。

 理由は部活動が忙しいから。

 辞めた亜矢と美香は、いまごろ受験勉強をしているはず。

 恵はレンジの前で、湯を沸かしながら柱時計に目がいく。

 時刻は五時を過ぎたところ。

 あと一時間。


「……はあ」


 恵は小さく息を漏らす。

 家、学校、バイトでも一人。

 以前はみんながいて楽しかった。

 聖美さんにはよく怒られたけど、いい人だ。

 知見さんも親身になって教えてくれた。

 美香さんや亜矢さんも。

 鈴さん、神名さん……何してるのかな、今頃。

 

 入口のドアが開く。

 

「いらっしゃいませ……」 

「竹林さん、一人だけど……いい?」

「はい……どうぞ」


 入店したお客に自分の名前を言われ、戸惑う。

 相手はボーイッシュで、同じ学校の制服を着ている。

 同級生、あるいは上級生。

 どこかで会ったことがあるのかもしれない。

 恵は考えながら、貯まっていくオーダーを作り続けた。

 トレーにティーポットとティーカップを並べ、注文のケーキをスタンドに乗せてカウンターを出る。

 おまたせしましたとテーブルに並べ、食べ終わった席の片付けをし、食器を下げ、流しで片付ける。

 あと何回、これを繰り返せばいいのだろう。

 考えれば考えるほど、ため息が出てしまう。

 そんな恵を、一番奥に座るお客が見つめていた。


「……あんな子にお茶とケーキ運ばれたぐらいで、素敵になれるわけがない」


 ぼそっとつぶやき、恵の行く先を目で追い、席を立つ。

 そして、誰もいなくなったカウンターへ、歩きだした。


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