Lebe kuchen. 3

 流れ落ちる砂。

 進んだ時間は戻せない。

 神名はテーブルに置かれた小さな砂時計を見つめていた。


「そもそも恵さんをこの店に招いたのは、貴女が自分まで抜けたら唯さんが困るって言うから。あの子も転校してきたばかりで慣れてないからって。私達がする前に、勝手に祐介君が連れてきたけど、あの子が入ったら辞めるって私に約束したじゃない。だから私は!」


 奧の部屋から二階の唯達の住居に上がった神名と弥生はキッチンのテーブルに向かい合って座っている。

 神名は砂時計の砂が全部落ちるとひっくり返して、また砂が落ちるのを見ていた。


「神名! 人の話を聞きなさいよ」

「聞いてるわよ」


 少しムキになっている弥生にそう言い、テーブルの上の砂時計の流れ落ちて行くのを見てばかりで決して目を合わそうとしない。


「あの、二人共。とにかく、これでも飲んで……」


 陽一は恐る恐る二人にアイスティーを差し出した。

 弥生はテーブルに置かれるとすぐに手に取り一口飲んだ。

 いきなりやって来たかと思うと弥生の一方的な説教。

 神名は黙ってるし、一体この二人に何があったんだろう。

 わからない陽一は辺りをウロウロするばかり。


「陽一、悪いけど席はずれてくれる?」

「う、うん」


 弥生の強い口調に陽一は言うとおりにするしかなかった。


「私がどれだけ神名のことを心配してるのか知らない訳じゃないでしょ」


 彼女達の脳裏を過去の出来事が横切る。

 二人が出逢ったのは小学生の頃。

 同じクラスになるにも関わらず、学校ではろくに話をしたことがなかった。

 二人がおしゃべりを楽しんだ場所は、消毒臭くて、辺り一面白い壁で覆われている病院の一室だった。

 初めは、弥生が神名に宿題のプリントを持っていく当番、という関係だった。

 桜咲く春の季節も、蝉の鳴く夏の季節も、落ち葉散る秋の季節も、小雪舞う冬の季節も、二人は病室でいろいろと語り合った。

 そして大事な友達になっていた。

 昔から体の弱かった神名は度々入退院を繰り返し、その度に弥生は泣きながら心から心配していた。

 そして三年前。

 中学三年生の頃、突然神名が倒れ、救急車で病院に運ばれたのだ。

 あの時弥生は、本当に恐かった。

 頭の中に〝死〟という文字がちらついた恐怖、あの時のことを思い出すだけで手が振るえてしまう。


「……私はあの時大切な友達を失うことが怖かった」

「何もしない、何もできない自分が嫌だったんでしょ」

「……そうかもしれない。けど私は……」

「軽薄すぎる同情なんかいらない。所詮、貴女と私とじゃ生き方が違うの。……仕事があるから」


 弥生にそういって神名は席を立った。

 砂時計の砂は落ちきっていた。


「……当てつけで言ってるのならそれでもいい。けど、そんなんじゃ、神名の人生台無しじゃない。どうして自分をもっと大切にしないの、どうしてそんな事言うの」


 弥生の瞳からこぼれるものは神名には目に入らなかった。

 階段をサッサと降りていく神名の後ろ姿がぼやけて見える。

 すすり泣く彼女の肩に手が乗せられた。


「弥生、神名さんだってわかってるはずだよ。いつまでもうちでバイトばかりしているままじゃダメだってね。ただ、少し臆病になってるだけだと思うよ。何かきっかけさえあれば……」


 陽一は彼女に優しく語りかけ、そっと引き寄せる。

 弥生は軽く頷き、彼にもたれかかった。

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