Love medicine. 7

 二階はカップルが楽しそうに愛を語らい、お茶を楽しんでいる。

 店内はKanonが場の雰囲気を醸し出していた。

 一番テーブルに座る朧月家の三人のもとに、光が紅茶を並べ、ケーキを中央に置いた。


「アールグレーと、ピーチブラウニー特製『白雪姫と七人のブラウニーの森のケーキ』でございます。ごゆっくりどうぞ」


 皿を銘々の前に並べ、説明し、一礼して去っていった。

 愛はポットを手に取りティーカップに注ぎ、ケーキナイフで切り分けたガトーノエルを皿にのせ、白い雪のようにホイップクリームをのせた。


「どうぞ召し上がって下さい」


 他人行儀に愛が言うと両親に頭を下げた。

 二人は互いを見合い、仕方なさそうにケーキを食べる。

 一口するのを見届け、愛は自分も食べることにした。


「おいしいわ、これ」


 霞はそう言い、愛に笑みを見せた。

 しかし父はふてぶてしく首を振り、フォークを置いた。


「私が今日ここに来たのは、最近の風潮が目に余るもので悪化の一途をたどる原因を作っているこの店を厳重に注意しに来たのだ。そしてお前をこんな所から連れて帰るためだ。ケーキを食べに来たのではない! 霞、お前が仕組んだんだろう! 私のメグムをこんな所でこんな変な格好させて働かせるとは」


 父は吐き捨てるように言い、隣に座る霞をキッと睨んだ。


「お父さん。お母さんは関係ない。私は自分の意志でここに来たんです。ここは私の大切な友達、恍の店。恍の想いが一杯詰まった店。ここで働くみんなは心に言えないことをたくさん秘めながら頑張っています。来るお客はみんな素敵になりたいと願う人達。私達はそんな彼ら、彼女らの手助けをしてるんです。……何処に行ったってみんな心のどこかに不安や孤独を抱えて生きてる。みんながみんな、誰かを傷付けたり自分勝手ばかりしていては誰も救われない。ここはそんな殺伐とした世界の中で唯一、傷ついた翼を労り、癒し、また明日飛べるように力を与えてくれる大切な場所なの。この店は必要なの……お父さん」


 愛は必死に父に訴えた。

 父も母も積極的に話をする娘の姿に驚いた。

 そんな姿を見るのは何年ぶりだろうか……。


「きれい事を言うな。理想論では話にならん!」


 机を叩き愛に怒鳴る。

 ティーカップに入っている紅茶が踊った。


「現実の話なら理解できるんですか?」


 そう言ったのは唯だった。

 階段の方からゆっくり歩き、一番テーブルまでやってきた。


「理想のない世界に明日はありません。アイの言った話はこの店の理想です。しかしその理想は現実化してます。周りを見て下さい。落ち込んでた人達も、悩みを抱えていたカップルもみんな素敵になっていく。確かに私達の小さな力だけではこんな風になるはずがありません。だから私達は立ち直ろうと頑張っている人達の手助けをしてるんです。ただそれだけです。人の出来ることは限られてますから」


 不敵に笑みを見せる唯は堅雪を見る。

 彼は紅茶を一口飲んでから唯を睨んだ。


「…………まあ、いいだろう。この店はあなたの店なのだから、好きにするがいい。ただし、私のメグムは帰して貰う。いいな?」

「お断りします」


 唯はきっぱり言った。

 愛は不安そうに唯の顔を見上げる。

 後ろに隠していたものを彼に見せた。


「生前、私の娘の恍が書き残した日記です。ここにアイと出会った話が書かれていて、約束したそうです。『アイはアイらしく生きて』と。この子は自分でそれを望んでこの店に来たんです。店の事は私の好きにしてもらえると言ったばかりですよ」


 唯の顔は、あの時みた恍と同じだ、と愛は見て思った。


「くぅぅぅ、屁理屈を……」

「男に二言はないし、男の愚痴はなお悪い。特に役人さんは一度公言した事を手の平返すようにコロコロ変えていいのかしら。はやく警察来ないかしらね」


 トドメとばかりにいらだつ堅雪に唯は言い放った。

 霞は横目で堅雪を見た。

 威厳に満ちている顔はなく、ただ項垂れる横顔がそこにあった。


「………アイ、お前のことだ。自分で決めろ」


 そう言い残し堅雪は席を離れ、階段を降りていった。

 愛は一瞬何を言われたかわからなかった。

 だが母の、霞の顔を見てようやく理解した。

 それに項垂れたとき、父が哀しそうに泣いていた気がしたのを思い出す。

 悪いことをしたかのような罪悪感が、胸の奥でチクッとするような思いを感じた。


「お、お父さん、私」


 愛は切なそうな顔で手を伸ばそうとするも、胸の前に納めてしまった。

 唯は、泣きそうな愛の肩に手を置き、軽く頷いて見せた。


「…………ありがとう、唯さん」


 愛は唯に笑みを見せ、慌てて階段を駆け下りた。


「唯さん、迷惑をかけたわね」

「私は何もしてない。アイが自分で選んだ事よ。したといえば、ケーキを作ってあげたことぐらいかしら」


 鼻で笑い、照れくさそうに唯は霞の前から去っていった。

 彼女の後ろ姿を見送りながら霞は深々と頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る