Turn over a new leaf. 3

 翌日、午前十一時。

 恵は市内の中央公園にいた。

 何度めかのため息をつく。

 来てしまったのはうかつだったかもしれない。

 だからといって、無視すれば余計つきまとわれる可能性がある。

 それでもやっぱり来るんじゃなかったかもしれない。

 今すぐ帰りたい気持ちを打ち消しながら、また息を吐く。


「よ、待たせたな」


 公園に現れた純は、軽く右手を上げて恵の前までやってきた。


「うん」

「……休みなのに制服かよ。それにすっぴんだし」


 純は恵を舐め回すように下から見て言った。


「服選ぶの面倒だから。それよりも今日はどうしたの?」

「俺を助けてくれよ。何をどうすればいいのかわからないんだ」


 どこかしら泣きそうな顔を純はしていた。

 けど泣いてはいなかった。

 泣きそうな顔ではあったけど、泣いてはいなかった。


「純君は、学校を休んでいると聞いたよ。いじめられてるの?」

「いじめられてるわけじゃないけど」

「不登校なのね。勉強につまらないとか?」

「なんとなく……かな」

「そうなんだ。どうしてわたしに相談しようと思ったの?」


 一番知りたいことを聞いてみた。

 

「竹林さんはピチブラで働いてるんだろ。あそこにいけば悩みも解決するって聞いて。だから働いてる人になんとかしてもらいたいって思ったんだ」


 おいしいお茶とケーキを食べれば幸せな気持ちになれるかもしれない。

 そんな時間を共に過ごせる誰かがいたら、の話だ。

 お茶を楽しみながら話を聞いてくれるうちに、悩みなんてどこかへ行ってしまう。

 はっきり言ってやろうと思う恵だったが、彼女自身、あの店のみんなと出会えたからこそ変われた事実がある。

 安易に否定できなかった。

 彼にとって、「PEACH BROWNIE」は駆け込み寺かサポートセンターみたいなものかもしれない。

 さしずめ働いている恵達ブラウニーは、カウンセラーかセラピストにみえているのかも。

 こんな頼りないなんているわけない、と恵は口の中でつぶやいた。


「学校に行きたくなければ行かなくてもいいし、他人にどうおもわれているのか気にする必要もないと思う。でも勉強はしたほうがいいよ。できることや世界が広がるから。勉強がいやなら、本を読むとこからはじめたらいいよ。自分が好きなことや、やりたいことがみつかるかもしれないから」


「勉強か……それより腹減ったな~。なんか喰おうよ」

「時間からして、お昼だからね」


 少し歩くけど、と断りをいれて、恵は知っている店へ純を連れて行った。


「いらっしゃい」


 店内はほぼ満席だった。

 とにかく店の奥に空いていた、カウンターの席に座った。


「ここ何屋?」

「パスタ料理屋かな」


 店の名は『ファルファッレ』。

 メニューにはそう書いてあった。


「いらっしゃい。竹林さんですよね」

「はい」


 名前を呼ばれ、恵は笑みを返す。

 目の前には背の高い男の人が立っていた。

 男性は恵を優しく見つめた。


「亜矢の言うとおりの子だね。高橋良晃って言います、よろしく」

「亜矢さんの。はじめまして」


 注文は彼の薦めで黒オリーブのスパゲティーと、牛肉のハーブオイルスパゲティーを注文した。

 純は彼の手さばきを黙って見ている。

 作ってあったトマトソースの中にオリーブを縦に半分にして種を取り除いたものを入れて煮る。

 その横で、フライパンにハーブオイルとニンニク、唐辛子を炒めてから牛肉を入れた。

 更に隣ではスパゲティーをゆでている。


「ところで、その子は弟さん? それとも彼氏?」


 料理をしながら恵に話しかけた。

 純はじっと良晃の手元を見ていた。


「違います。ちょっと相談にのってあげてるんです」

「ふ~ん。それで、君の名前は」

「俺は、芦田 純」

「芦田君、そんなに真剣になってみられると、ちょっと照れるんだけどな……はい、出来上がり」


 皿に盛りつけられてスパゲティーを目の前に差し出される。

 芳ばしい香りと共に湯気が立ち上る。


「いただきます」


 トマトソースを絡めて一口食べてみる。

 出来たてはすごく美味しい!

 恵は久しぶりの手作りの料理に満足していた。

 そんな彼女の隣の純は味わいながら食べていた。


「どうだい、お二人さん。旨いかい?」

「はい、美味しいです」

「うまいよ。どう、やったら、こんな風に出来るんだ」


 口からスパゲティーが垂れたまま純がしゃべる。

 そんな彼を見て良晃はほかの客の注文を作りだしていた。


「パスタ料理、作りたいのかい? 今いくつ?」

「中一」

「だったら、君はもっといろんな事を勉強して、料理の道の方に進むんだね」


 一瞬、純の顔が変わった。


「なに格好つけてるのかな。良晃クン」

「いいじゃないか、亜矢」


 食べ終わった食器をもって、亜矢がカウンターの中へ入ってきた。


「よっ! また会ったな」


 亜矢に声をかけられた純は頭を軽く下げた。

 二人きりで会うのが怖かった恵は昨日、亜矢にココの場所を教えてもらっていた。

 自分が知っている人がいる場所にいれば、安心できると考えたからだ。

 恵は、エプロンを付けた亜矢をみて、笑いそうになる。

 一緒に働いているときとも雰囲気が違って、物腰が柔らかそうにみえたからだ。


「チクリン、良晃のパスタはおいしいだろ。」

「はい、おいしいですね。こちらでもバイトされてたんですね」

「まあね。姉貴と母さんに借りたバイクのローンがあってね。働かざるもの喰うべからずだ。けど、美香のヤツには内緒だからな」


 口に人差し指を持っていく亜矢の様子が、恵には可愛く見えた。

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