Trifle tea. 4

「ちょっと、亜矢!」

「美香、怒らなくてもわかってるって! 均等に取り分けてやるから心配すんな。これ、うまいんだぜ」


 ちょっと多めにしたから、と亜矢は少女に陽気にささやく。

 対して少女は反応を見せない。

 流石にはしゃぎ過ぎたと反省した亜矢は、美香にウインクをし、手を合わせて頼み込んだ。

 自分でできないことがわかるとすぐ当てにするのが亜矢の悪い所である。

 わかっている美香は小さくため息を漏らし、少女に声を掛けた。


「竹林さん、私が入れたハーブティー、美味しいから飲んでみて」


 その場にいるみんなの視線が少女に集まる。

 注目されているのを感じたのか、少女は両手を握りしめながら俯いてしまう。

 

「美味しいから飲んでみて」


 隣に座っている祐介は、先に飲んでみせた。

 それを見て少女は、ティーカップに手を伸ばし、そっと口にした。


 ……温かい。鼻の奥にペパーミントの香りが広がっていく。


「美味しい?」


 祐介の問いに、みんなは黙って少女の返事を待つ。


「……うん」


 少女はコクッと、小さく頷いた。

 そして強張った白い顔に、ほんのり赤みが差し、笑みが覗けた。

 緊張して見守っていたみんなは、一気に肩の力が抜ける。

 亜矢は大きく息を吐いた。


「よかった。亜矢さんが取ってくれたトライフルも食べてみて」


 祐介の一言で、みんなも同席し、一緒にお茶を楽しみはじめた。

 亜矢は欲張って食べ、それに負けじと美香も食べる。

 聖美と知見は呆れてそれを見る。

 鈴と神名は気にしないようにミルクティーを飲んだ。

 そんな騒がしい中、祐介はもう一口飲んでから少女を見た。


 何だろう、この白いの。

 ババロワ? ヨーグルト……? 

 とにかくいっぱいフルーツが入ってる。

 なんだか甘そう。


 少女はしばらくの間、訝しげにそれを見つめていたが、やがてスプーンですくい、トライフルを小さな口に運んだ。


「……」


 甘いけど思ったほどそんなに甘くない。

 何かいい香りがするし、美味しい。


「美味しいでしょ。美味しいんならもっと美味しそうに食べなきゃ」


 美香は得意げに美味しそうに食べて見せた。

 恥ずかしそうに少女もまねをしてみせる。


「ねっ! 美味しいでしょ?」


 その問いに大きく頷いた。


「でも欲張って食べると太るぞ、一応ケーキだし。気を付けろよ美香、せっかく五キロも減量したんじゃなかったのか?」


 亜矢がまた茶々を入れる。


「人が気にしてること言わないでよ! 今、私は至宝の喜びに酔いしれてるんだから」

「でもホントに酔ってたりして。リキュール酒はいってるからな」

「シェリー酒よ。そんな強いの入れるわけないじゃないの!」


 二人の争う間で、少女は良く味わって食べていた。

 祐介は彼女のそんな仕草を見ていると、昔の記憶がダブってきた。


「あの時も雨が降ってた……三年か」


 ポツリこぼした言葉を消すように慌ててハーブティーを飲み込んだ。

 少女は何も知らずにゆっくりと食べ、味わっている。


 降りしきる雨。

 見てるだけで気が滅入ってくる。

 脳裏によぎるイヤな事を払いのけようとすればするほど哀しくなっていく。ここにいるみんながそうだった。

 雨、イヤなイメージしか浮かばない。

 いつの間にか、店内は静寂に包まれていた。聞こえてくるのは雨音ばかり。

 そんな中、鈴は口を開いた。


「ところで、さっきは危なかったよ。危うく事故るとこだったんだから」


 少女に向かって言うものの、本人はもちろん、みんな、何のことを言っているのか分からない。

 祐介は鈴を見た。

 彼女の目が笑っていなかった。


「あ、あの……何のことですか?」

「そこの交差点で引きそうになったことよ」


 それを聞いて祐介はすぐに思い出すと、頭を下げ、詫びた。

 他の子達は何の話をしているのかわかっていない。


「あの時のバイクの方は鈴さんでしたか」

「まあね。あの時は祐介君のお陰で助かったわ。こんな可愛い子を引く所だったし。私もこの子も助すかったんだしね、ありがとう」


 二人がそんな会話を交わした時だった。

 うつむいてた少女の前のテーブルに何かがこぼれ落ちた。

 小さな身体を震わせている。

 祐介が少女の顔を覗くと、キュッと下唇を噛みしめ、泣いていた。

 静寂な店内に、雨の音に混じって嗚咽が広がっていく。

 みんなはどうして泣き出したのかわからず、ただ見守ることしか出来ずにいた。

 その中で鈴は考えていた。

 どうして雨の中、傘も差さずに街を歩いていたのか? 

 なぜ信号を無視して歩こうとしたのか?

 もし、それが故意だとしたら!

 鈴の脳裏をイヤなイメージがよぎる。 

 だとしたら、泣いてる理由がわかる。


「竹林さん泣かなくてもいいのよ。ここにいる私達は貴方に危害を加えようなんて思ってないから。お願い、泣くのは止めて」


 神名は席を立ち、彼女の肩を抱きしめながら頭を軽く撫でる。

 何度も何度も彼女は頷き、そして泣き止んでくれた。


「わ、私……」

「別にいいのよ。誰も貴方を責めてなんかいないから。……ねぇ、竹林さん。しばらくここで私達とバイトしてみない? ちょうど今一人空きがあるし私達貴方と友達になりたいし、もっと貴方のこと知りたいし。……どうかな? 無理に……とは言わないわ、竹林さんが決めることだから。……でも、考えてくれないかな?」


 神名は優しく話しかけた。

 なぜ神名がそんなことを言いだしたのかわからない、という顔を全員がしていた。


「別に空きなんて……」


 美香がそう言いかけた時、鈴は慌てて手で口を塞いだ。


「んー! んー!」

「美香、あんたは黙ってなさい」


 鈴は他の子達には聞こえないように耳元でそう言うと、愛想笑いをしてみせる。

 美香は反射的に頷いた。


「……つまらないや」


 亜矢は溜め息と一緒に吐き捨てると一人、降りしきる外の様子を見ながら冷めかけたミルクティーを飲んだ。

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