Le rêve solitaire. 2

 そのころ、聖美と知見は美浜市の郊外、浜路駅の前に立っていた。

 神名に貰ったメモによると、この地域に恵が住んでいるらしい。


「電車で美浜駅から十五分って所かしら。キーヨ、ここからどっちに行くの?」

「あそこに見える一番大きな高層マンションみたい。行きましょ」


 メモを持つ聖美が先に立って歩き出した。

 ここら辺りは郊外という事もあってか住宅ばかり目に付き、竹の子みたいにあちこちマンションが顔を覗かせている。ここを毎日恵は行き来している、そう考えると知見は少しおかしく思えてきてしまい、笑ってしまった。


「何笑ってるのよ! 大体、何で私達が恵の家に行かなきゃいけないんだか。もうじき大会だって近いから練習しなきゃいけないし、期末もあるし。そうよ、あの時よっちーが『はい、分かりました』って、簡単に引き受けたのがいけないんじゃないのよ。そりゃ、神名さんの頼みだし、断れないのは分かってるけど、でもねー」


 今まで黙っていた聖美が一変し、知見に突っ掛かってきた。

 いきなり襟首を捕まれたので大きな眼鏡が落ちそうになる。


「キーヨの気持ちも分かるけど……」

「分かってる気がしてるだけでしょ! 人の心の中なんて誰もわかりゃしないのよ! 私がどんな思いで頑張ってるのか、どんな気持ちで生きてるのか……あんたみたいな優等生の苦労知らずに、私の気持ちなんて!」


 そう言い終わるか終わらないうちに、聖美は知見を突き飛ばしていた。


「あっ」


 聖美の手は震えた。自分のしたことに慌てその場にしゃがみこんだ。


「ゴメン、よっちー。怪我はない?」

「優等生の苦労知らずか……。聖美がそんな風に私のことを見ていたなんてね。私のことだって何も知らないじゃないの」


 地面に転がった眼鏡をかけ、知見は聖美にそう呟いた。

 小高い丘の住宅密集地の中に高くそびえる高層マンション。その前まで来た時、二人の足は止まった。


「ここに住んでるんだ……家賃高そう」

「神名さんからのメモだと、五○七号室みたいね。行くよ」


 聖美は急いで階段を駆け上がっていった。

 五階まで階段を使うつもりらしい。

 エレベーターがあるのに……。

 知見は仕方なく階段を上りはじめた。

 登っても登っても、聖美の姿が見えない。

 うんざりしてきた知見は声を張り上げた。


「エ、エレベーターに乗ればよかったですね」

「何言ってるの、そんなこと言ってたら足腰鈍っちゃう。日々これ鍛錬!」


 意気込みながら上がって行く聖美の後ろ姿さえ、知見には見えなかった。

 五階まで上がって来たときにはもう、クタクタになっていた。息まで切らしてやってきた彼女を、冷ややかな目で聖美は見下ろしていた。明らかに呆れている顔だった。


「まったく、机に囓り付いてばかりいるからよ。頭より身体が資本」

「陸上部でいつも鍛えてるキーヨとは違うわよ……」

「自分しか頼れるものがないからね。行くよ」


 颯爽と歩く聖美。その後をトボトボとついていく知見。ついて歩くのがやっとだった。



                  *




 五○七号室。

 その前に来ると新聞受けに新聞が三、四日分くらいたまっているのにまず気が付いた。


「留守かな?」

「ベル、鳴らしてみましょ」


 知見はボタンを押してみたが、しばらくしても返事がない。

 我慢しきれずに聖美はドワノブに手をかけ、回してみた。


「誰……キャッ!」


 ちょうど恵がドアを開けようとしたところだった。

 聖美に勢いよく開けられたドアに引かれ、恵は外に飛び出てきてしまった。


「わぁ……っと! 大丈夫?」


 転ぶ前に聖美は素早く抱きかかえた。

 恵はパジャマ姿だった。


「……は、はい」

「久しぶりね。立ち話も何だし、中に入れてくれる?」 


 聖美の問いかけに恵は軽く頷いて見せた。


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