Le rêve solitaire. 3
取り合えず部屋に入らせてもらった二人はしばらく呆然としてしまい、言葉を失ってしまった。
段ボールの山、洗い物が溜まったままの流し台。
ゴミ袋が三つ。
洗濯物が籠に入ったまま、部屋に散乱しているものもある。
閉め切った窓にカーテンが陽を遮り、室内は夜のように暗かった。
そして部屋に入ると異臭が鼻を突いた。
「……ごめんなさい。散らかっていて……ゴホッ、ゴホッ」
二度、咳き込む恵は取り合えずカーテンを開けた。
部屋の中に入ってきた日差しが眩しい。
「風邪、ひいてたのね」
聖美がそう口を開いた。
恵は頷き、少し窓を開けて空気の入れ換えをする。空は青く澄んでいて、サラッとした風が入ってくる。
「風邪ならどうして電話をかけてくださらなかたんです?」
知見は何か言わなくてはという思いにかられ、問いかけてみた。
「……電話番号、知らなくて連絡できずに……」
「えっ……ああ、うん。けど、店からもかけてみたけど、掛からなかったって神名さんが……」
辺りを見渡して電話を探す聖美。
知見は散らかっている物をどけた下に見つけた。
「御両親は?」
「……仕事。二人とも会社に泊まり込みで働いてる。たまに返ってきても夜は遅いし、朝は早いから」
二人に素っ気なく答え、近くにあった上着を羽織った。
「あ、これ。店のケーキだけど、食べて」
知見は大事そうに抱えていたケーキの箱を恵に差し出した。
「あ、ありが……とう」
そっと受け取る恵。
無表情だった彼女の顔に少しだけ笑みが覗けたかに思えた。
*
浜路駅方面の電車に乗り込んだ祐介は、身をゆだねながら外の風景を見ていた。
楽しさ、苦しさ、悲しさ、儚さ、空しさ。いろんな感情がひしめいている。
自分はそんな世界の住人の一人……。
自分がしようとしていることは一体何なのか自分に問いかける。
しかし結果は分かっていた。
「答えなんて分かってるくせに。認めるのがイヤなんだ。自分のバカさ加減にイヤになるよ。情けない……」
窓ガラスに写る嫌な自分にそう吐きかけた。
*
日の当たりがいいフローリングの床に、三人は膝を抱えて寄り添うように座っていた。目の前に並べられたシュークリームみたいなケーキを見つめながら……。
「親……か。毎日顔を合わす度に切なく、辛くなってくるわ。……うちの父は、私が物心ついたときには車椅子に乗ってたの。だから昔、父親に連れられて一緒に歩く友達を見て、羨ましく思ってた。今でもそんな親子連れを見るのは辛い……」
聖美は独り言のように呟いた。
「エディプスコンプレックスね」
すぐ様答える知見。
そんな知見に嫌な顔を見せる聖美だが、知見の目を見てやめた。
「私の親は……父は酒に溺れ、母はそんな父の言いなりみたいに小さくなってる。弟はグレるし、みんなの期待と怒りの捌け口は全て私。昔から期待という重荷を背負わされて、勉強や塾に頑張った。ヴァイオリンもその一つだった。けど、自分が母を飾り立てるだけの道具、人形だと気付いた時、私は……」
眼鏡の向こうの、知見の瞳からこぼれ落ちるものがあった。
恵は、ただ黙って二人の話を聞いていた。
眼鏡を外し、涙を拭き、恵の顔を見つめた。
「みんな辛い孤独を抱えているんです。力になれないかもしれませんけど、何か困ってたりしたら私達に気軽に話して下さい」
聖美も恵の顔を見つめ、軽く頷いた。
*
二人が帰った後、恵はケーキを一口食べた。
味なんかわからなかった。
ただ、飲み込むのが辛くて涙が溢れる。
「どうして私に、話をしたんだろう」
窓の外に目を向けると、雲一つない空がそこにあった。
*
駅に向かって聖美と知見は黙って歩いていた。
通りの向こうから祐介が歩いてくるのを見つけたとき、思わず二人は顔を見合わせた。
どうして彼がここにいるのか、わからなかった。
「祐介君、何でここにいるのよ!」
「ひょっとして、恵さんに会いに来たんじゃ……」
二人の問いに、慌てる祐介はその場を去ろうとするが、聖美はすかさず逃げる彼の襟首を引っ掴んだ。
「慌てて何処行くつもり? 私達が代わりにお見舞いに行って来たから、帰るわよ」
「お見舞い? じゃあ、病気だったの?」
「風邪みたいでしたけど熱もすっかり引いたみたいですし、明日はバイトに出るって言ってましたよ」
笑いながら二人は祐介を連れて、駅へと歩いていった。
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