Le rêve solitaire. 1

 彼女は物心が付く頃からヴァイオリンを弾いていた。

 母はいつも付き添い、レッスンに行く時だけ念入りに化粧をし、衣服を整え、彼女の装いも工夫を凝らした。

 彼女は母親を見る他人の目が嫌いだった。

 自分は飾り立てられ、言われた通り動く人形だった。

 みんなは母を誉め、いつしか心の何処かでそれを喜ぶようになっていた。

 しかし中学の時、彼女は突然ヴァイオリンをやめた。

 すでに母の関心は彼女にはなくなっていたからだ。

 それ以来、彼女のヴァイオリンは埃をかぶってしまった。

 

 人は時に母親から愛されることを求めるあまり、自分の夢は何か見失うことがある。そしてそれが悩みに変わることもある。

 まわりから期待され、その通り生きなくてはいけないと自分自身で決めつけ、本当に自分が求めているものが何なのかさえ、見失ってしまうときがある。


 MARIONNTTE


 それは操り人形のこと。

 それでも人は頑張ってしまう。

 思う通り操られて動く人形のこと。

 みんなに負けじと勤勉に勉強する。

 自らの意志とは関係なく動かされる人形のこと。

 そして勤勉な優越心まで身につけてしまう。

 飽きたら捨てられる人形のこと。

 過度の優越欲求は人を不幸にする。

 ただの人形のこと。

 ……彼女はそうだった。

 


                  *



 駅前近くにある小さなケーキショップ、『PEACH BROWNIE』。そこは女子中高生達の間では人気の店で、連日店内は彼女達で占められていた。

 六月に入り、ブラウニーの制服も夏服に替わった。

 季節はもうすぐ夏である。


「知見さんに聖美さん。非番の所悪いんだけど、恵の家に行って様子を見てきて欲しいのよ。電話しても何故か話し中なのよ」


 神名はたまたま店に顔を出していた二人を見つけると、そんな話を持ってきた。

 聖美は知見に付いてきただけなので、早く帰りたかった。


「ねえ、知見さん。聖美さん」


 駄目押しとばかりに神名は二人の名を呼んだ。


「……はい。分かりました」


 知見は簡単にそう言った。驚く聖美は眉間に皺を寄せる。


「悪いわね。これが彼女の住所、これがケーキ。三人で食べてね」

「分かりました。それじゃ、行って来ます」

「二人とも、気を付けてね」


 知見は神名からケーキの入った箱とメモを受け取ると、いやがる聖美と共に店を出ていった。

 二人の後ろ姿を見送りながら軽く溜め息を漏らす神名。


「アダルトチルドレンかな」 


 溜め息をつくように彼女は呟いていた。

 敢えて言おうとしてではなく、思わず出た言葉だった。

 慌てて口を閉じて辺りを見渡した。

 しばらくして店に男の子達三人が入ってきた。

 男の子だけで店に来るのは珍しいことだ。


「いらっしゃい、祐介君。今日は早いのね。後ろの子達は友達?」


 神名は笑って挨拶をした。店内は異常なざわめきが起き、彼らの存在は浮いてしまっていた。


「え、ええ。友達の」


 そう言いかけた祐介を押しのけ、


「俺、いえ僕は牧野 明と言います。あの、祐介……君とは仲良くさせてもらってます」

「僕は神谷航治。綺麗な御姉様、良かったら名前を教えていただけませんか?」


 率先して挨拶する二人に呆気に取られる神名。

 ちょっと変な子達……。

 声に出さず笑みを浮かべた。


「おー、祐介じゃないか。元気してたか」


 奧からひょっこり顔を出す亜矢。手にはティーカップを持っている。

 また店のものを勝手に飲んで……。


「こらっ、サボってないで仕事しなさい、仕事、仕事! ……あら? 祐介君、いらっしゃい」


 亜矢の耳を引っ張って連れていこうとした美香は、二人に気がついた。

 慌てておしとやかに振る舞い、笑顔を作ってみせる。

 亜矢は冷たい視線で美香を睨んでいた。すぐ知らない人を前にすると可愛い子ぶってみせるんだから。

 明と航治はこの時、祐介と友達でよかったと改めて思った。

 こんな綺麗な御姉様達と出会えるなんて。

 このチャンスを次のステップに繋げたい!

 彼らの頭の中はそれしかなく、目が妙に輝いていた。


「あ、あの竹林さんは……」


 勝手に浮かれている二人をよそに、祐介は今日来た目的に話を移した。

 学校が早く終わり、部活もなかったから今日は早めに行こうとした時にこの二人に捕まってしまったのだった。

 ここに連れて来たくなかったのに……。


「今月から当番制になったのよ。週四回になって、だから……」


 神名は笑って話してくれたが、作り笑顔なのは明白だった。

 何か言いたくないことでもあるのだろうかと祐介は感じた。


「そうですか……」

「え、ええ……唯さん、赤字赤字って口癖みたいに言ってたし」

「今日は休みなんですか……」


 祐介も作り笑いをして見せたが、ため息をつくしかなかった。

 明達と話し込んている亜矢と美香。

 祐介がしょげているのに気付いた美香は、当番表に目をやる。


「祐介君、ホントはチクリン今日来てなきゃいけないんだけど……。昨日も当番だったのに来てなかったような……」

「美香さん、本当ですか。神名さん、どういう事なんですか」


 一変して祐介は神名に詰め寄った。

 神名は困った顔をして軽く頷く。


「うん。赤字で大変で……」

「ボケないで下さいよ。竹林さんのことですよ!」


 話をそらそうとしたが怒った彼に負け、仕方なく話を始めた。


「この三、四日ぐらい学校も休んでいるのよ。電話はつながらないし……だから休みの聖美と知見の二人に今彼女の家に行ってもらってるのよ」


 そして一枚の紙切れを差し出す。


「ここに彼女の住所が書いてあるわ。〝行かなきゃいけないんだ〟て顔してるわよ」

「すみません。神名さん、ありがとう」


 紙切れを手にすると店を飛び出していった。

 明と航治はそれを横目で見て慌てた。


「ちょっと待てよ、祐介! なんだ、あいつ……」


 呆然とする二人。

 そんな彼らに神名は優しく声をかける。


「えっと、明君に航治君だったかな。どうするの? 帰る? それとも食べてくの? 食べていくならお金は払ってもらいますけど」


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