Peach brownie. 5

 

 空はいつものように青く、街は活気に満ちている。

 唯はカウンターで紅茶ばかり飲んでみんなの帰りを待っていた。

 傍らには写真立てを置いて。


「恍、貴女にも会わせてあげたかったなぁ。貴女と同じくらい優しくて寂しがりやで、いい子なの。私がいたらない母親だったのね。もう自分を責めちゃダメなのよね。舞姉さん、私頑張るから」


 ティーカップをそっと写真立ての前に置き、紅茶を注いだ。

 舞の写真と恍の写真が飾られてある。

 楽しそうな笑顔。

 唯も負けじと笑って見せた。


「帰ってきたら、やっぱり叱るの?」

「当たり前よ。勝手に飛び出してみんなに迷惑かけたんだから、帰ってきたらちゃんと叱ってあげなきゃ」

「……母親ね」


 蘭はそんな彼女を黙って見守ることにした。


「ん? うちの車……」


 聞き覚えのあるエンジン音がして、唯は席を立つ。

 蘭も続いて、唯とともに窓越しに見下ろす。

 店先にワゴン車が一台、停車止していた。

 その後、バイクが二台走り、遅れて自転車が三台止まった。


「ただいま、見つけたよ!」


 陽一の声が聞こえたあと、複数の足音とともにみんなが店の中へ入ってきた。

 最後に祐介の父である直人が、祐介と恵を両脇に抱えるようにやってくる。

 俯いている二人の前に唯は歩み寄った。


「まあ、ちゃんと帰ってきたし……説教はなし。けど」


 唯はおもむろに二人の顔を引っぱたいた。

 みんなは思わず息を飲む。


「けじめよ。みんな大事な子供だから。親に心配かけないでよ。……お帰りなさい」


 二人を抱き締め号泣しだした。祐介も恵も嬉しかった。

 みんな淋しいし、人の気持ちが痛いほど分かるんだ。恵はそれが分かって、本当に嬉しかった。


「ったく! 唯さんは甘いんだから」

「何、亜矢。ひょっとしてやきもち妬いてんの?」

「五月蝿いな、美香は。だいたいあたいがあんな恥ずかしいこと出来るか! ……でもいいな」


 ちょっぴり素直になれた亜矢を見て美香はおかしくて笑ってしまった。


「私達って素敵になれたのかな……」

「なれたと思いますよ。だってこんなに気持ちがいいんですから」


 聖美と知見は本当にいい笑顔をしていた。そんな二人を見て神名はほくそ笑む。


「恍ちゃんの導きかしらね」

「そうかもな。あいつはみんなの心の中で生きてるさ」


 弥生と陽一は寄り添って呟く。一緒にこの様子を見てるんじゃないかって、そんな風に思えた。

 鈴と蘭は何も言わずに見つめていたが、心では喜んでいた。


「唯さん、……私……ここで働いていてもいいですか」

「いいわよ……」

「ありがとう……ございます。私、みんなのことが……大好きです!」


 唯の胸の中で恵は言った。心からそう言えた。

 直人は黙って見守っていた。

 


                   *



 八月も終わり、九月に入った。

 今日は九月一日、学校の新学期でもあり、恵の誕生日でもある。

 いつものように起きると、やっぱり親の姿はなかった。

 夜遅くに帰ってきた気がしたが、いつものように朝早くに出ていったらしい。

 相変わらず室内は散らかっていた。

 テーブルにもゴミが置いてあったが、そこに一枚の紙切れが置いてあるのに気がついた。


「何……これ?」


 何げなく拾い上げるとワープロ文字で、『今日は早く帰る』と書かれてあった。

 素っ気ない手紙。

 だが、それが父と母からの手紙だと分かると思わず声が出なかった。

 どういう風の吹き回しだろう。

 ろくに話も顔も合わさない、親とは名ばかりの彼らがこんな事をするなんて。

 恵は机の上に手紙を伏せておき、カレンダーを見つめた。

 今日は九月一日。

 今日から学校だ。

 バイトで働くみんなは大好きになれたけど、学校は行きたくなかった。

 その時、何故か由香と春香の顔が浮かんだ。


「……今日は……行こうか……な……」


 時計を見、慌てて着替えに自分の部屋に駆け込んだ。


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