APPLESAUCE. 4

 二階のテーブル席に座る光は、悟と咲美を前にぼんやり外を眺めていた。

 窓ガラスの向こうに見える街。

 沈んでいく夕日。

 夕日を見る度に思い出す恍のこと。

 あの時の彼女の瞳。

 自分のことより私のことを心配して泣いてくれた目の輝き。

 その輝きを消してしまったのは私。

 ほんの一握りでいい、勇気があればあの子をなくさなくてもよかったのに。

 触れあう事に臆病だった。

 自分が傷つきたくなくて他人を傷付ける。

 それが大切な友達だとしても?

 なんて心が寂しいのだろう……。


「ねぇ光さん、さっきから何黙ってるの?」


 悟が屈託のない笑顔で話しかけた。


「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事」

「彼氏とうまくいってないとか?」


 咲美が笑った。


「ちがうちがう。彼氏なんていないから」

「そうなの? お姉さんって綺麗なのに」

「ありがとう、咲美さん」


 光はニコッと目元で笑う。

 不思議。

 子供の笑顔を見ていると、こっちまで笑える。

 しばらく笑った事なんてなかったのに。


「ねぇ、僕達が力になってあげようか? 差詰めブラウニーのブラウニー」


 つまり小人さんの小人さんって訳ね。


「お願い……しようかな?」

「うん!」


 二人の笑う顔につられお願いすることにした。

 子供の無抵抗、無邪気さに鍵のかかった心のドアが開く、そんな感じだった。


「お姉さんは誰に告白するの?」


 ニコニコ笑って二人はこっちを見ている。


「……みんな、かな」

「みんなって?」

「一緒に働いてる人達。昔、よくないことをしちゃったの。けど、謝っても許してくれないと思。どうしたらいいのかな……」


 二人は笑顔がしぼみ、口を閉じてしまった。

 やっぱり子供にこんな話するべきではなかった、と光るは後悔した。


「ごめんなさい、やっぱり……」

「ううん、その気持ちわかる! 私もよくお母さんに隠してることあって、言わなきゃいけないんだけど……言えないことあるから。……引き出しの奥に隠してるの」

「咲美ちゃん……何を?」


 悟は首をかしげる。

 咲美は恥ずかしそうに悟の耳元に囁いた。


「……二十点のテスト」


 光にも聞こえた。


「んーそれは……難しい問題だ」

「でしょでしょ。隠したわいいけど、見つかったら怒られる」


 頭を抱える咲美と腕組みする悟。

 二人を前に光は、思わず吹きだしてしまった。


「ご、ごめんなさい、笑っちゃって。そうね、私なんかよりそれは難しい問題ね。私のは謝ればいいことだから……?」


 光はその時ハッとなった。

 どうしたらいいのか、私は知っている。

 ただそれをしないのは、いまの関係をなくしたくないから。

 だけどこのままだと、自分が孤独になっていくだけ。


「二十点かー。僕も引き出しの中にいっぱいあるからなー。姉ちゃんにばれないように気が気でならない」

「でしょでしょ! どうしよう」

「二人とも、この際見せちゃったら?」

「えぇええー!」


 光の一言に驚く二人。

 続けて彼らに言った。


「素直に見せたら、怒られるかもしれない」

「怒られるに決まってる!」

「だけど、今のままだと、ずうっと心配していかなきゃいけないでしょ。いつバレるのか、いつ怒られるのかって。どうせ見つかって怒られるなら、こっちから見せちゃえばいいよ。私も、悩むの止めて謝ることにしたから」

「んー、どうする? 悟君」

「姉ちゃんは怖いけど、優しい所あるから……そうしてみよっかな」

「うん! 悟君がそう言うならそうする」

「指切りしよう!」


 三人は笑いながら小指を出し合い、約束した。


「うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」 



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