APPLESAUCE. 5

「光、ちょっといいかな」


 カウンターに戻ってきた光を、晶と英美は手招きして誘い入れた。


「……何か」

「いや、その……今までずーと休んでたし、なにしてたのかなって。それに、この前……祐介君となにを……その、話してたのかなーとか、まあね、なんというか」

「はあ」


 なにを聞きたいのか光にはよくわからない。

 笑いながらしどろもどろに話す晶を見かね、英美が横から口を出す。


「あのね、晶ちゃんは祐介君と光ちゃんが付き合ってると思ったの。でも違うみたいだから、なにを話してたのか興味があって聞いてるの。でしょ、晶ちゃん」

「そうだけど、そこまで言わなくてもいいだろ」


 晶は英美の頭を軽くこついた。


「いたーい。すぐ叩くんだから」

「いいから黙ってろよ。それでなに話してたの?」


 ニコニコ顔の晶を前に、光は口を堅く閉ざした。

 言えばもうここにはいられない。

 また檻の中に閉じこもるのはイヤだ。

 だけど、約束したんだ。

 不安と混乱を彷徨い、考え悩む光。

 三人の様子をみながら紅茶作りに勤しむ愛は、聞こえるように呟いた。


「……恍を虐めた事の謝罪でしょ」


 その一言が、その場にいた彼女達から言葉を奪ってしまった。

 晶と英美はおもわず振り返って愛をみた。

 愛は目を合わさないよう、レジがある方へと顔を向ける。

 レジ前に立つ恵は口に手をあて、横目で光を気にかけていた。

 光はうつむいて立っていた。

 鈴だけはのんきにオーダーを持ってカウンターを出ていく。

 沈黙が流れる中、忘却されてきた時間が融解した。


「愛、いまなんて言ったんだ」


 ようやく口を開いた晶が愛に訊ねる。

 もう一度くり返そうとした時、恵と目があった。

 愛は言うのを止めた。


「晶さん、英美さん。仕事して下さい」


 恵は明るく振る舞って二人に声をかけた。

 けどその場から動こうとしない。


「疲れたのなら、三人とも奥の部屋で休んだら。後は私達がやっておくからさ」


 鈴がオーダー運びから戻ると、奥の部屋へと三人を連れて行く。


「鈴さん」

 

 恵が声をかけると、軽く手を振ってから、鈴は奥の部屋へ入った。

 残された二人は、騒がしい店内の空気と混ざることなく沈黙をしていた。

 愛はポットにお湯を注ぐ。

 茶葉を入れ、そっと掻き混ぜて蓋をし、ティーコージを被せ、砂時計を傍らに置いた。

 サラサラと、音もなく流れ落ちていく。

 一粒一粒が輝き積もっていく。

 一粒一粒が時を紡いでいく。


「……メグさんは、光さんのことを知ってたの?」


 ようやく重い空気から抜け出した恵が、振り向いて愛に話しかけた。

 愛は小さく頷く。


「けど、どうしてあの時……言ってしまったの? 光さんが自分から言わないと意味がないのに」

「以前、恵さんがクラスの子たちから虐められていたのを、わたしは知っている。だから……そんな恵さんが光さんを……許すわけないと思ったから」

「あ……」


 恵に顔を向ける愛。

 無表情な笑みを浮かべる彼女の顔に恵は息をのんだ。

 脳裏には、思い出したくもない時間が思い出された。


「……だけど、誰かが何処かで許さないと……人は救われないよ」

「見せかけの優しさにすがっても?」

「愛さんはどうしてここにいるの? 私についてきて働くことにしたのは、誰かに言われたからなの? それこそ見せかけにすがってるだけじゃないの?」


 ……砂はすっかり落ちた。

 恵はそれに気付き、慌ててトレーにティーセットを乗せてカウンターを出ていく。

 振り返らず、下唇を噛み締めながら。



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