APPLESAUCE. 2
「お待たせしました。ブルーベリータルトとアプリコットチーズケーキ、アッサムティーです」
光はテーブルに並べ、お客に一礼した。
「最近あんまし欲しい物ないんだ」
「そお? 服とかバッグとか買いあさっていたのは誰よ」
「それを言われるとね。何つーか、欲しい物があってもすぐ飽きちゃうのよ。あんたもそうでしょ?」
べつのテーブル席に座る客から、ぼやきが聞こえる。
気楽ね、と胸の中でつぶやいて光は通り過ぎた。
カウンターに戻ると、次のオーダーが待っていた。
「……これ七番テーブル」
愛は、無表情でトレーの上にケーキスタンドとティーセットを乗せた。
光も無愛想に受け取って運びに行く。
他愛もない悩みをしゃべるお客たち。
自分の悩みの方が深刻で複雑、と光は不幸自慢したくなる。
そんな自慢しても惨めになるだけなのはわかっていた。
「お待たせしました。ブラッドベリーケーキにガトーショコラ、ロイヤルティーにシナモンティーです」
テーブルの前に並べ、一礼してその場を去った。
カウンターに戻った光を待っていたのは、次のオーダーだ。
「……つぎ、二階の三番テーブル、追加オーダー」
愛は無表情でトレーの上にケーキの入ったケーキスタンドを乗せた。
光にとって、愛の無感覚な表情が怖かった。
まるで睨んでるかのように見える。
愛も晶たちと同様、自分を許さないと思っているに違いない。
取り返しの付かないことをしたのだから、仕方ないかもしれない。
「……あの、私」
「……オーダー、早く持っていったら」
冷たくあしらわれ、愛は背を向けてお茶を作り始めた。
いまは、オーダーを運ぶしかない。
光は小さく息を吐き、二階へと歩いていった。
*
「一人で任せててごめんね」
恵がカウンターに戻ると、愛が一人、レジ前に立っていた。
他のみんなは、オーダーを運びにフロアにいるようだ。
一階フロアを見渡し、恵は光を探す。
階段を上がっていく光を見つけ、息を吐く。
よかったと思うのに、ため息をついてしまう。
祐介の気持ちも考えず、無茶なお願いをしたのではないか。
彼や彼女の気持ちを考えてしたことのはずなのに、亜矢達が抜けたあとの店の運営を心配していた気がしてならない。
あの日以来、祐介からの電話もないし、話もしていない。
誰にとって、正しいことをしたのだろう。
恵は、身勝手な自分を認めたくなかった。
*
二階席は予約者専用になった。
下の騒がしい雰囲気とは違い、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
そんな中、階段近くのテーブルでは聖美と知見がのんびりお茶を楽しんでいた。
「今日は部活もないし、バイトもないし」
「だからお茶ですね」
「ただ、よっちーと一緒ってのがねぇー」
誘う相手もいない聖美は、頬杖ついて知見に笑みを浮かべる。
笑うしかない知見も一緒に連れて歩ける相手はいなかった。
「たまには……こういうのもいいんじゃありません?」
「たまに? お客として来る時は、いつもよっちーと一緒じゃないの」
「でも、女の子達だけで来てるのは私達だけじゃないですよ」
「それは一階でしょ! そんなくだらない話、やめやめ! 気が滅入ってくる」
聖美は紅茶を一気に飲み干し、知見に吐き捨てる。
二人でいる時は決まってこんな話になる。
こんな可愛いのにどうして男共は……と聖美は時々叫びたくなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます