APPLESAUCE. 1

 現代社会。

 欲望、糧、存在理由も情報によって操作できることを明確にした。

 この世界では、一国家、一企業、一団体、一個人の情報操作に乗せられて欲しているかもしれない。

 多種多様に氾濫する動画情報、宣伝広告、流行理念、理想崇拝、語彙活字に脅迫され、時代に遅れまいと情報を集めては愚にもつかない情報に振り回されている。


 ワタシハナニヲモトメルノ?


 少女は大切な友達を、大事な友人を苛めた。

 自分が望んだことなのか、そうしなければならなかったのか。

 自分を守る為か?

 思いと裏腹に少女は彼女を苛めた。

 結果、少女は救われなかった。

 心を閉ざせば、自らを取り巻く世界も閉じられる。

 孤独より混乱していた。

 ここにいるのはなぜ?

 毎晩見る夢。

 彼女の泣き叫ぶ姿、声なき悲痛の叫びにいつも目が覚め、涙が零れる。

 

 ワタシハナニナイテルノ?


 マニュアル的に笑い、喜び、怒り、哀しむ。

 そんな感情表現に対応できず自分を見失ってしまった。


 アレキシシミア――失感情症


 自分の本当の意志、気持ちがわからなくなってしまった。

 何を求め何を欲しいと思うのか。

 自己の欲求に対して疑心暗鬼になっていく。

 欲求自体を疑う時代だから、少女は戻ってきたのかもしれない。



                   *



 駅前にある小さなケーキハウス、『PEACH BROWNIE』連日女子中高生達が店内を占めている。秋も終わりに近づき、舞い散る木の葉はもの悲しく思いを語る、そんな季節の頃。

 カウンター先では、晶と英美がバイトしていると聞きつけた直樹達がからかいがてら店に来ていた。


「へー、いい店だね。特にそのコスチューム、可愛いよ。うん。フィギアにしたいくらいだね」


 短髪で少し小太りの眼鏡をかける三上 剛は笑って英美に話しかける。


「うん、うん。エーミちゃんの作ってね!」

「フィギアよりやっぱしアニメだろ。さしづめ声優は、あやねるかあおちゃん……誰がいいかな」


 二人の会話に割って入る新川直樹。


「やっぱゲーム。こんなに可愛い子ばっかそろってるんだぜ」


 茶髪で髪の長く、背の高い鈴本秀二はフロアを見渡した。

 晶は冷ややかな目を向ける。

 誉めるのは英美ばかりで自分は無視されている。


「確かに秀二の言うとおり。奥の子いいよね、なんて名前?」


 直樹は、レジ前に立つ恵に声をかけた。

 小さく微笑んで軽く会釈するも、どうすればいいのかわからずまばたきをくり返していた。


「ねぇねぇ、エーミちゃんの人形作ってくれるの!」


 晶の横ではしゃぐ英美はカウンターから身を乗り出そうとする。


「そっちの子も可愛いね。こっち向いてくれない?」


 秀二は、光と愛に声をかけた。

 洗い物をする光は、彼らを一瞥し、無視した。

 愛は背を向けたまま紅茶を作り続けるが、慣れない言葉に頬を赤らめていた。

 この状況に晶は耐えられず、カウンター上に両手を叩き付け、下からあおるように三人を見た。


「あんたらねー、邪魔しに来たのなら帰った帰った!」


 トレーを持って振り上げる晶に三人は慌てて店を出ていった。


「もう来るな!」


 近くにあった塩の箱に手を突っ込み、ドアめがけて投げつける!

 ちょうどドアを開けて誰かが入ってきたとこだった。


「ペッペッペ、何、からっ! 塩?」

「あ、やばっ」


 晶は反射的に恵の後ろに隠れた。

 そのお客は、カウンターへと近づき、恵の顔を見つけた。


「……チクリン? 手荒な挨拶どうも」

「お久しぶりです……鈴さん」


 呆れて鈴はくわえていたタバコを手に持った。


「まだ火をつけてないのに。口でいってくれれば……」


 ふてくされた顔で鈴はカウンターに足を入れ、そのまま奥の部屋へ入っていった。



                   *



「晶ってよく怒る子なのね」


 カウンターで、光は英美の耳元で呟く。

 英美は素早く首を上下に振った。


「ひょっとして……遅れてるのかも。あっ! ひょっとして……できちゃったとか!」

「できるかーっ」


 晶はおもむろに、手元にあったトレーで英美の頭を叩いた。

 亜矢と美香を彷彿させる二人を前に恵は目が点になっていた。

 だいぶ見慣れたとはいえ、虚脱感に襲われる。


「はぁ~。……メグさん、オーダー一つお願い……」

「は、はい!」

「……ん? どうしたの?」


 いつもなら黙ってすぐに取り掛かる愛がはにかんでいる。

 顔を赤らめながら真面目な顔で恵に小声で話しかける。


「私って、可愛いですか」

「……うん、可愛いと……思うけど」

「そ、そうですか」


 耳まで真っ赤にして彼女は俯いた。

 多分、さっき男子達に言われたことを気にしていたのだろう。

 人から言われたことがなかったのかもしれない。

 嬉しそうな表情で仕事する愛を見て、可愛いと恵は思った。

 同時に、祐介から『可愛い』と言われたことがない、と気がついた。

 素敵とは言われたことはある。

 可愛くないのかな、と考えると恵は思わず息を吐いた。



                    *



「騒がしい小人達ね」


 着替え終えた鈴は息を吐く。

 タバコに手が伸びそうになる手を引っ込める。

 このままでは母のようなヘビースモーカーになってしまう。

 止めなきゃなと思いながら、またため息をもらした。


「鈴さん、さきほどはすみません」


 奥の部屋に恵が入ってきた。


「うん。さっきのって恵がやったわけじゃないでしょ。わかってるから」

「サポートにこられたんですか?」

「唯さんから話を聞いて、頼まれてね。それにしてもチクリン、大きくなった?」

「……百五十はまだないですけど」


 恵は訝しげに首を傾ける。


「身長じゃなくてしっかりしてきたってこと。それより霞さんの子がバイトしてるのね。亜矢から聞いたんだけど、なんか意外。驚いたよ」


 霞さんの子?

 誰のことなんだろう。

 恵は不思議そうな瞳を鈴に向けた。


「ん? 知らないよね、ゴメンゴメン。霞さんってのは、母さんの働いてるとこの上司で高校の時の先輩なんだって。その人の娘さんが朧月 愛さん。二、三度会ったことがあるけど……すこし雰囲気が変わったみたいで、よかった」

「何が……よかったんです?」

「その子ね、親の言うことしか聞かない子だったの。何をするにしても、どんな時でも親に言われた事だけをする子だった。恵が連れてきたって聞いたけど、仲がいいの?」


 恵は、愛を連れてきた日のことを思い出していた。

 助けてもらったお礼がしたくて店に連れてきたら、一緒に働くことになってしまった。

 半ば強制的だったのに、嫌がらず今も働いている。

 あの時、唯が愛に何かを話していた。

 ひょっとして、彼女がバイトすることは決まっていた?

 だから私に付いてきたのかもしれない。

 鈴は無意識にタバコを一本くわえる。


「仲良くしてあげてね」

「あの、鈴さん……」

「ん?」

「タバコ……」

「あ? ゴメンゴメン、ははははは……」


 笑ってごまかしながら火をつけそうになる手を止めた。

 茶葉がダメになるら吸うなと唯さんに注意されたことを思い出す。


「そう言えば、今日かな? 弥生の弟の悟が来るんだよね」

「はい。もうじきだと思うんですけど……」


 そんな話をしながら鈴に背中を押されて部屋を出た。

 鈴は歩きながら、恵は変わったと思った。

 引っ込み思案で無口だったのによくしゃべるようになった。

 祐介のお陰?

 二人はどうなっているのだろう? 

 聞いてみたいと思うのは年上の僻みなのかしら……なんてね。

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