Heart Evolution. 1
殺伐とした雑踏の街並みを縫って歩いていく。
少女にとって全てが敵だった。
敵、それは己に害なす諸悪の権化。
自分という存在を脅かし夢を奪うもの。
今までは……そうだった。
『君は頑張れば出来る子だと思っていたよ』
先生はいつも優しく勉強を教えてくれた。
『ほら、頑張って! あなたなら大丈夫、絶対出来るから!』
母は常に側にいて励ましてくれた。
……けど、ある時を境にして一変した。
『君のような出来損ないの子は知らないな』
冷たい目で蔑むように先生は言い放った。
『あなたみたいな子は私の子なんかじゃないわ!』
頬を打ち据えて母は言葉を吐き捨てた。
ピグマリオン効果
一途すぎる迷い子は自分の味方と信じていた人達から突き放され、彼らも自分を傷つける敵になった。
今までの黄昏の日々が、哀しい記憶に変わる。
崩れゆく優しさと、忘れ得ぬ願いが心を壊してく。
進化とは、何かを犠牲にして一歩前に進むこと。
大切な何かをなくし、何か大事なものを見つけること。
大人になること。
切ない思いを希望に進化させるため。
かなしみ色に塗り潰すため。
少女はその扉を叩いたのかもしれない。
*
唯達の住居スペース二階。
居間のソファーにサングラスの女性が座っている。
傍らにはCANONのカメラがあった。
「いらっしゃい。室内にいる時ぐらい外したらどうなの?」
唯は湯気の立ち上るマグカップを差し出した。
彼女はしぶしぶ外す。
「誕生日おめでとう、唯さん」
「誕生日って誰? 祐介は八月だし、……陽一は六月、直人は七月よ」
蘭はサングラスをポケットにしまいながら言い返す。
「あんたでしょ」
「私? 私は来月よ、十一月一日、紅茶の日」
「十月一日じゃなかったっけ?」
「違います。人を勝手に早く歳取らさないでよ。みんな若い若いって誉めてくれるってのに。まあ、蘭の僻みは今に始まった事じゃないということで許してあげましょう。その代わり、一カ月早かろうがなんだろうがプレゼントあるんでしょ? ちょーだい!」
子供みたいな事を言って唯は両手を差し出す。
呆れる蘭は言い返さず、タバコを口にくわえた。
*
美浜駅前近くには小さなケーキクラブハウス、『PEACH BROWNIE』がある。女子中高生達の間ではちょっとした有名な店。
秋霖は過ぎ去り、空は赤く染まりゆく。
刻は早く、冷たい風を運ぶ。
店にはブラウニーと呼称されるアルバイトの彼女達が小忙しく働いていた。
先日、恍の友達の藤澤 晶、森原英美が来店し、祐介と面会する。
再会も束の間、二人は恍の死を知らされる。
絶望する中、決意する。
恍の想いを受け、『PEACH BROWNIE』で働くことにしたのだった。
「紅茶を作る時は時間を惜しまずに使い、飲んでくれる相手のことを思って作ります。相手がこの一杯を飲んで、倖せに感じることが出来るように」
恵は少し照れながら晶と英美に紅茶の作り方を教える。
晶と英美は、恵の言うことを素直に受け、仕事に励んだ。
「メグさん、オーダーお願いします」
「はい」
伝票を恵から受け取った愛は、ショーケースから注文のケーキを皿に取り出していく。
並べ方も気をつけてみながら、恵は小さく息を吐く。
光は今日、休み。
……というより無断欠勤をしていた。
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