Le temps paressenx. 4

「いやぁー、これでまた一つ歳取ったよな。歳は取りたくないもんだねー」


 嫌味っぽく笑い、亜矢はシャンパンを飲み干した。

 美香はそれを見て顔を顰め、ヤケになって、亜矢に負けじと飲み干した。


「ふー、けどあんたなんかまだ子供じゃないの。私はまた、一段と綺麗になったんだから」

「ふーん、どこが綺麗になったって? 胸なんかあたいより小さいじゃんか。無理なダイエットがたたったんじゃないのか、ん?」

「残念でした。二センチも大きくなったんだから! これで亜矢より大きくなったんだし、私の勝ち!」


 二人の会話はだんだん変になり、シャンパンの呑み比べをはじめた。

 一杯飲んではつぎ、また飲んではもう一杯つぐ。

 そして、五、六杯飲んだ頃……。


「あたいの方が飲るのらろ!」

「ぬあぬいー言ってんのよ! はっきり言いなしゃいって言ってるでしょおーうが」


 美香と亜矢は二人して騒いでいた。

 彼女らが騒ぐのはいつものことなので少しも珍しくはない。

 知見も聖美もそんな二人につられたのか、堅い彼女らが楽しそうに騒いでいる。

 神名は一人でいつものように黙ってケーキを食べ、お茶を飲んでいた。

 彼女はあれで楽しんでいるのだ。

 弥生は連れの彼と楽しそうだ。付き合いが長いって事はいいことだろう。

 とにかくその雰囲気にみんな飲まれて騒いでいると思う。

 鈴は、呆れてみていた。


「講義をすっぽかしてする事かね……」

「まあまあ、鈴ちゃん、今日は無礼講って奴で、ちょっち大目に見てよ。あーやって、はしゃいでないと落ち着かないのよ、あの子は」


 唯はそう言って美香を指さし、グラスになみなみと注がれているシャンパンをスーッと一口で飲み干した。溜め息をつくしかない鈴もそれを見て一口、飲む。


「ん! これ、アルコール入ってる?」

「香り付けだって。鈴ちゃんは大学生でしょ、今日は大目大目に」


 笑いながらまた飲み続ける唯を見て、鈴はこの騒ぎの原因が分かった気がした。 

 ……私も二十歳前なんだけどなぁ……。

 アルコールの事など気付かず、みんなケーキを食べ、飲み、ひと時を楽しんでいた。


「恵の友達、広小路春香。歌います!」

「私、高千穂由香も歌います!」


 空き瓶片手に、マイク代わりに二人はいきなり歌い出す。

 完全に酔っぱらいになってしまい手がつけられなくなってしまった。

 明と航治は首を傾げながらシャンパンを飲んでいる。

 みんなが手拍子をする中、祐介は空き瓶に目をやる。

 


「これ、ノンアルじゃない。まずいんじゃ……」


 そう思ったが、祐介自身ふらつきかける。

 テーブルにふせようと思った時、隣に座っていた恵がもたれてきた。

 彼女も酔って寝入ってしまったのだ。


「竹林さん、ちょっと、しっかりしなよ。大丈夫?」

「……兄さん」


 祐介の胸の中でそう呟いた。

 祐介の目には、恵が別の誰かと重なって見えていた。

 思わず抱きしめてしまいそうになる自分の手に驚き、慌てて肩の上に添えるだけに止めるのだった。


「僕は卑怯で、臆病で、……非力だ」


 誰にも聞こえないように祐介は呟いた。恵にも声が届かないように……。



                    *



 ビルの向こうに日は隠れ、夕闇にすっかり包まれた頃、誕生日パーティーは終わった。みんな帰ってしまい、恵は一人椅子に寄りかかって眠っている。しかし、聞こえてくる誰かの声にうっすらと目を開けた。


「早いものね。あれから三年たつのよ。何も美香の誕生日に……ねぇ」

「うん……。三年ね。あの時は、いっぱい泣いたことを覚えてる。突然だったから私、どうしていいのか分からなくて……」

「もう泣くなって。あんな奴の何処が良かったんだ? 背は……高かったし、頭は……良かったし、スポーツ万能だっ……たし。……あははは、良い所ばっかか」

「ツッパってたのによく知ってるじゃないの、亜矢」

「あたいをバカにするな。美香の友達だぜ、知らなくてどうする!」


 声の主は亜矢と美香の二人だった。

 恵はこのまま寝たふりをしているべきか起きるべきか考えてしまった。


「辛かったんでしょ、だから明るく振る舞っていたのよね……。状況の必要を満たす為の表向きの性格、つまりペルソナね」


 背中の方、階段の方から足音と共に唯の声が聞こえた。

 次第に大きくなり、恵の背後から直ぐ隣へと強く聞こえて、そして足音がやんだ。恵は慌てて目を閉じた。


「人の過去話を立ち聞きとはあまりいい趣味してませんね。全く! 唯さんは暇なんだから」

「あら、ご挨拶ね。けど、その話は美香から聞いて知ってるわ。昨年、うちで働くことになった時にね、誕生日のパーティーは派手にしてって……」

「ええ、『死んだ人は帰って来ない、何時までも愕然としていてはいけない』って、私に言ってくれましたよね。あの人は私の心の中で生きています。……思い出として」

「忘れようとするから苦しくなるのよね。胸に刻み、その人の分まで私達は生きて行かなきゃいけないのよ。けど一番怖いのは笑っている自分、あんなに哀しかったことなのに今は笑いながら話せる様になってしまった自分が怖いのよ。なくしてしまうことが怖いんじゃない、心の中から忘れていってしまうことが怖いのよ。特に私たち人間はね」


 唯や美香、亜矢がその時どんな顔をしてどんな思いを込めて話をしていたのか恵には分からない。しかし、一つだけ分かったことは美香にも辛いことがあったという事実。いつも明るくはしゃいでいる綺麗な彼女の裏側の悲痛な姿を見たような気がした。気が付かれないようにゆっくりと目を開ける。


「今日は、……有り難う御座いました。唯さん」

「別にいいのよ。……まあ、これは私からのプレゼントみたいなものと思って……」


 唯は今、自分がしているピアスをはずし美香に渡した。

 その先には小さなエメラルドがついていた。

 夕日に輝きとても綺麗だった。

 泣きつく美香。

 そんな様子を前に、亜矢は何も言おうとはしなかった。


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