Auld lang syne. 1
生きてること。
生き抜くということ。
〝私〟という人の存在。
何かを得る時、必ず何かを無くす。
前へ進むときも何かを無くして生きていく。
人の成長、心の進化。
生と死は等価値。
〝これまでの自分の死〟や〝築き上げてきたものの崩壊〟そして大切な何かを捨てなければ、何か大事なものを見つけることが出来ないのだろうか。
午後から降り出した雨はやむ気配も見せず、更に激しく降り注いでいる。
傘を差して帰りを急ぐ人、バスに乗って駅に向かう学生達。
雨の街の風景である。
しかしその風景に溶け込めない、全身ずぶ濡れの黒い制服の少女。
その瞳には光はなく、足取りは不確か。
まるで夢遊病者のようだった。
行き交う人々は彼女を避け、ある人は指をさして見たり、またある人は冷たい視線を向けて去って行く。
誰も彼女に近寄る者はいなかった。
彼女が四丁目の交差点に来た時、信号が赤に変わった。人々は歩くのをやめるのに、彼女は止まろうとはしなかった……。
人は時に絶望し、我を失う事がある。希望に裏切られ、戸惑う時がある。
その時、選択肢は二つあり、人は楽な方を選ぶ。
*
五ヶ月後────
美浜駅前近くには、小さなケーキクラブショップ『PEACH BROWNIE』がある。その店は女子中高生達の間で人気な店の一つで、雑誌、『Änderung 』に掲載されるほど有名な店になっていた。この店には噂があった。この店でケーキを食べ、お茶を楽しむものは素敵になれると。しかし最近変な噂もあった。それは髪の長い眼鏡をかけた人に連れられてここに来ると、悩みが癒えるというおかしなものだ。
いつもなら女子中高生で店内がひしめき合っているのだが、生憎の雨で客入りが悪かった。
「悪すぎ。閑古鳥が鳴いてるよ」
カウンターに伏せりながらブツブツと呟く晶。
彼女の言うとおり、店内に客は一人もいなかった。
そんな様子を前に、みんなだらけていた。
お客相手に小忙し働くのも疲れるが、ただジッと待つのも疲れるもの。
ダレてきてしまうのも当然である。
「今日は暇ね」
洗い物をする光はため息混じりにぼやいた。
「私はその方が助かります。だってー、昨日まで忙しかったから」
苦笑しながらカウンターを布巾で吹いている紅美は、光の顔を見た。
「愚痴が出るってことは仕事に慣れた? それと学校にも?」
「はい……。けど……」
紅美は顔を曇らせた。
光は彼女の視線を追いかけて、奥の部屋の方を向く。
奥の部屋では、英美が在庫整理をしている。
数えるのに飽きて椅子に座り、小さくため息を付く。
今日はいくつため息が出ただろう。
英美の心には、まるでぽっかり穴が空いたような感じだった。
『歳月は日々に疎し』と人は言う。
けど彼女にとって、店で働くみんなにとっては違う。
『月日がたてばたつほど、思いは募る』ばかりだったのだ。
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