Peach brownie. 7

 美浜市、美浜駅前近くにある小さなケーキクラブハウス、『PEACH BROWNIE』。女子中高生達の間では有名な店で、この店でケーキを食べ、お茶を楽しむものは素敵になれると噂され、連日店内は彼女達で占められている。

 由香達が予想したとおり、店は臨時休業になっていた。

 以前のように、恵たちは従業員用の入り口から中に入る。

 奥の部屋からカウンターに出て、階段を登り二階に上がった。


「おめでとう!」


 激しく弾けるクラッカーの音とともに、恵の頭上へ紙吹雪が降り注ぐ。

 思わず目をつむり両手で顔を覆った。

 手を叩くのが聞こえ、落ち着いて周りを見る。

 大きなテーブルを囲むように、みんながそこにいた。

 聖美、知見。

 美香、亜矢、鈴。

 神名、弥生。

 蘭、唯。

 陽一、弘明、悟、明、航治。

 そして……祐介。

 

「チクリン、そんな所に突っ立ってないで早く来いよ!」


 亜矢は手招きした。

 恵はゆっくりと歩き、用意してあった席に座った。


「恵の友達の由香さんに春香さん、貴女達も早くいらっしゃい」


 唯は二人も招いた。

 由香と春香は慌てて、近くの席に座った。


「それじゃ、みんな揃ったことだし、チクリンの十六才の誕生日を祝って、乾杯!」

「乾杯!」


 グラスに注がれたシャンパンを高らかに掲げ、みんなで乾杯をした。

 またお酒かも。

 恵は不安で飲めなかった。


「大丈夫だよ、これはノンアルコールだから。この前みたいなことにはならないよ」


 隣にいた祐介は飲んでみせた。

 それを見て恵も安心して飲んだ。

 この前は、あの後しばらく頭が痛かったのを思い出した。


「はーい、お待たせしました。できたてのバースデーケーキだ」


 店長の直人が階段を駆け登って、大きなケーキを持ってきた。

 真っ白でおおきなホールケーキ。


「……何だろう、全体が白くて真ん中の赤いジャムみたいなの」


 恵は訝しげに覗き込んで祐介にたずねた。


「ラズベリーのチーズムースケーキだよ」


 祐介の説明によると、チーズ風味のビスキュイとタルト生地を土台にし、クリームチーズとプロセスチーズのムースで仕上げられたケーキ。中央のくぼみ部分には、バルサミコ酢を隠し味につかったラズベリージャムが使われている。

 切り分けられ、それぞれの前に取り分けられていく。


「ラズベリーっていうのは深い森に群生してるものなんだ。ラズベリーを摘みに森の中に入ると、いつしか不思議な世界に入り込んで」


 一口食べると


「そんな童話みたいな世界が広がるよ」

「そうなんだ、深い森の中か……」


 切り分けられたケーキを貰い、一口食べてみた。

 ふんわりとした生地と生地の間に甘いラズベリージャムが挟まれていた。


「……おいしい」

「喜んでくれて良かった。……実はそれ、僕が作ったんだ。父さんと母さんにもちょこっと手伝ってもらったけどね」


 祐介は照れた顔をしていた。

 恵は嬉しくてつい、おかわりをしてしまった。


「由香、歌いまーす!」

「春香も歌わせていただきます」


 二人はまた歌い、みんなもはしゃぎだす。

 明と航治は弘明と悟を巻き込んで、一緒になって歌う。

 聖美と知見は神名と楽しそうに話をしていた。

 陽一と弥生さんも楽しそうだ。


「唯、良かったわね」

「まあね。……煙草はやめてよ」

「はいはい、わかってるって」 


 唯と蘭はグラスを手にし、乾杯をして小さく喜びをかみしめた。

 恵はケーキを食べ、みんなの楽しそうな顔を見ながら考えていた。

 深い森の中、ラズベリーを摘みに入ったが、道に迷い、そこで小さな小屋を見つける。荒んだ心、乾ききった心をいつの間にか潤った心にしてくれた小人のお話。

 小屋の名前は『PEACH BROWNIE』。


「めぐ姉ちゃん、おめでとう!」

 悟が笑ってプレゼントを恵に渡す。


「おめでとうございます」

 弘明からも頂く。


「おめでとう、恵さん」

 聖美と知見は二人で一つのプレゼントを手渡した。


「おめでと、チクリン!」

「その言い方やめなさいよ亜矢。恵さんおめでとう」


 亜矢、美香の二人からも貰った。


「おめでとう! 今度一緒にお茶でもどう?」

「おめでとう! 明なんかよりも僕と行きません?」

「おめでとう、恵」

「おめでとう、恵さん」


 明、航治、由香、春香からも渡される。


「おめでとう」

「よかったわね、おめでとう」

「おめでとう、恵さん」


 陽一、弥生、神名からも貰った。


「おめでとう、恵さん」

「おめでとう、可愛い小人さん」


 鈴、蘭からも頂いた。


「おめでとう、恵。これで堂々とバイトが出来るじゃないの」

「おめでとう、竹林さん」


 唯、直人からも。

 そして……


「おめでとう、恵さん」

 祐介からも贈られた。


 温かい気持ちと優しさが何よりのプレゼント。

 両手に抱えきれないプレゼントを貰った恵は一言、


「ありがとう」


 みんなにお礼を言った。

 その顔は爽やかな顔をしていた。

 初めてこの店にやってきた時とは比べものにならないほど、素敵な顔をしていた。

 


                 *



 パーティーは終わり、恵は店の前でみんなと別れ、駅に向かって歩きだした。

 空は薄暗くなりかけていて、すれ違う人の顔さえ煩雑になってきている。

 恵は祐介と駅に向かって話をしていた。


「今日はありがとう。嬉しかった」

「それはよかった。そう言ってもらえるとみんなも嬉しいと思うよ、うん。僕も嬉しいし」

「祐介君の誕生日っていつなの? 今度は私からお祝いしたいな……お礼もかねて」

「それじゃ、来年お願いしようかな。僕、八月生まれなんだ」

「そうなんだ。あ、あの、この前は、ありがとう。なんか、祐介君って凄いね。世の中と川の流れは似てるなんて……気が付かなかったなぁ」

「実を言うと、あれは母さんの口癖なんだ。全部じゃないよ! 少しだけ」

「少しだけ?」


 祐介が首を縦に振っている。

 そうなんだ、と恵は小さく笑った。


「一つ、聞きたいことがあるんだけど……いい?」


 駅前まで送ってくれた礼を言ったついでに、恵は祐介に気になっていたことを聞く。


「店名なんだけど、『PEACH BROWNIE』っていうでしょ。あれって、どういう意味なの? 『桃の小人』じゃないでしょ? 何か特別な意味でもあるのかなって。差し支えなければ教えてくれない?」


「あれね、あれは、恵さん、す……素敵だよ」

「えっ」


 急になに言ってるの、と恵は戸惑ってしまった。


「だから『素敵な少女達』っていう意味なのさ。妹の恍が、自分みたいに哀しみに怯えた女の子達が、店に訪れた人達がみんな素敵になれますようにって付けたのさ。それじゃ!」


 言い終えると、祐介は慌てるように夕闇の中を走っていった。


「……祐介君。……素敵、か」


 一人、にやけて恥ずかしくなる恵だった。

 

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