PEACH BROWNIE

snowdrop

Tea and sympathy.

Trifle tea. 1

 午後から降り出した雨はやむ気配もみせず、更に激しく降っている。

 傘を差して帰りを急ぐ人、バスに乗って駅に向かう学生達。

 そんな風景に溶け込めない、全身ずぶ濡れの黒い制服の少女が一人いた。

 瞳に光はなく、足取りは不確か。

 まるで夢遊病者のようだった。

 行き交う人々は彼女を避け、ある人は指をさし、またある人は冷たい視線を向けて去って行く。

 誰も彼女に近寄る者はいなかった。

 

 雨は涙

 悲しいから泣く

 淋しいから泣く

 苦しいから泣く

 だから泣く

 泣いてる自分がそこにいる


 少女は歩きながら、譫言のように呟いていた。

 そして自分の心に刻みこんだ。

 

 彼女が四丁目の交差点に来た時、信号が赤に変わった。

 人々は歩くのをやめるのに、彼女は止まろうとはしなかった……。

 人は時に絶望し、我を失う事がある。希望に裏切られ、戸惑う時がある。

 その時、選択肢は二つあり、人は楽な方を選ぶ。



                   *



 美浜駅前近くに小さなケーキクラブショップ『PEACH BROWNIE』がある。いつもなら女子中高生で店内がひしめき合っているのだが、生憎のこの雨で客入りが悪かった。


「閑古鳥が鳴いてるよ」


 カウンターに伏せりながらブツブツと呟く亜矢。

 彼女の言うとおり、店内に客は一人もいない。

 白雪姫に出てくる小人を模した衣装のアルバイト従事者の彼女らはだらけていた。

 確かにお客相手に小忙し働くのも疲れるが、来るのか来ないのかもわからず、ただじっと待つのも疲れるもの。ダレてきてしまうのも当然である。

 亜矢の傍らで洗い物に精を出している聖美と知見、皿を洗う手に力はない。


「キーヨ、疲れたわね」

「別に。こんな事で疲れたなんて言ってられないわよ」


 知見の問いに素っ気なく答えた聖美だが、肩で小さくため息をついていた。


「無理しなくても……」

「無理なんかしてないわよ。私がしっかりしなくちゃいけないんだから!」


 強がる聖美の言葉の裏側に、疲労がみえる。

 知見はそれっきり、話しかけようとはしなかった。


「みんなお疲れ! ん? 何してんのよ。シャキッとしなさい、シャキッと!」


 店の奥の部屋から入って来た長髪の鈴が、陽気に声を掛ける。

 お疲れ様、と挨拶するみんなの背中は、猫のように丸まっていた。


「お疲れ様です、鈴さん」


 美香が挨拶をした。

 鈴は軽く手を振りながら、カウンターに伏せる亜矢に目を向けた。


「あの子、またなの」


 わざと聞こえるように大きな声で言いつつ美香にタオルを返し、ポケットからタバコを取り出した。


「今日はずっと……。亜矢ったら友達の私にさえ相談してくれないんだから。学校じゃ、いつものように明るかったんですけど。ゲーセン行って、中坊に負けたのがそんなに悔しかったのかな? それとも愛車のTZRが雨で濡れたせいかも。鈴さん何か知ってますか?」


 哀しそうな美香の顔を見ながら火を着けた。

 そして大きく息を吐いてから少しの間をおいてから答えた。


「いつもうちのバカな妹のことを心配してくれてありがとう。まあ、機嫌が悪いのは今日にはじまった事じゃないからそんなに気にしなくていいわよ。美香は昔から優しいんだから」

「い、いえ、そんな……わかりました。そうします。あの、話は変わりますけど、店内は禁煙ですよ」

「おっと、そうだった」


 鈴は苦笑し、咥えたタバコを片付けた。

 美香は一言多い子なんだから……と、鈴はついぼやいてしまう。


「ミルクティーでも作りますね」

「ありがと」


 美香の笑顔を見てから、鈴はカウンターへ歩く。

 亜矢はチラッと彼女を黙視すると、また何かブツブツと呟きだした。

 そんな彼女の左肩に鈴は、そっと手を置く。

 一瞬、びくっと身体を強張るのがわかった。


「亜矢、どうしたのよ」

「雨は嫌いだ。特に今日みたいな……」


 ポツリ、そう答えた。

 いつもの亜矢らしくない一言だが、それを聞いて苦笑するしかなかった。


「そうね、私も嫌いよ。イヤな事ばかり思い出すもの」

「……三年だよな」

「ええ、三年たつわ」


 亜矢は正面を見つめ、鈴も店内に目を向け、黙り込んでしまった。

 そんな二人を見ていた美香は目を反らし外を見た。

 雨は激しく降り、少し風も出てきたみたいだ。

 いつしか店内には静寂と沈黙が支配し、彼女達から言葉を奪ってしまっていた。そんな時、柱時計が一つ鳴り響く。

 店内にある古ぼけた柱時計は各時刻以外に三十分時に一度、鐘を鳴らす。

 現在五時三十分。


「あと……三十分か。神名、唯さんは?」


 鐘の音で我に返った鈴は、カウンターの裏、奧の部屋で在庫整理をしている神名に声をかけた。

 彼女は首だけ出すと訝しげに答えた。


「今日は学校に行ってるからいないわよ」

「それなら今日はもう閉店にしない? こんな日はみんなでパーッとお茶にしよ! 客だってこないでしょうし」


 鈴の提案に一同賛成し、急いで閉店準備、店内の掃除にお茶の用意と、手分けして取りかかろうとした。


 その時、          

「ひどい雨だったね。……すいません、まだやってますよね」

 お客が来訪した。


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