Forlorn Lunaris. 3

 緑色をしたエプロンに身を包み、黄色のシルクの布を腰に巻き、茶色のストレートパンツ、ブラウニー特注の三角巾を被り、襟元には赤くて大きなリボンがチャームポイントのブラウニー姿でカウンターに入った恵と愛は改めて店の繁盛ぶり、もとい混雑さに度肝を抜かれた。


「私とキーヨでオーダーを運びますから、紅茶を作って下さいね」


 知見は恵にポットを渡しながらそう言うと、オーダーを持ってカウンターを出ていった。

 すぐに湯を沸かす恵。

 愛はその横でジッと立っている。


「……愛さん、ごめんなさい。……私」

「私は何をすればいいの?」


 すまなそうな顔で謝る彼女の口を挟むようにして愛は訪ねた。


「ゴメン……本当に……」

「忙しいんでしょ。早く紅茶作らないと」

「……うん。それじゃ愛さんは……レジの方をお願いします」

「わかりました」 


 愛は軽く頷き、レジの前に立つとお客の支払いを受け取りレジをたたいた。

 そんな彼女の後ろ姿を申し訳なさそうに見つめながら、恵は湯を沸かしだす。

 他にもやることはあるのだが、愛のことが気になり、どうしてもレジの方をみてしまう。

 愛は所々ぎこちなさが見えるものの、手慣れた手つきで仕事をこなしていた。

 自分よりも慣れた仕事ぶりに恵は、あっ気に取られてしまう。

 そんな彼女たちの仕事ぶりを、唯は腕を組みながら奥の部屋から観察していた。


「あの子、言われたことは何でもするみたいね。それが彼女の生き方……ね」 


 そう呟く唯の視線先には無表情ながらも客に対応する愛と、徹底的に他人から自己を押し守りながら洗い物をする光、そして明るくなったとはいえ淋しさを隠しきれずに紅茶を作る恵の三人の姿があった。



                  *



 光は洗い物をしながら、時折恵を見ていた。

 彼女は楽しそうにポットの湯をカップに注ぐ。そしてトレーに乗せ、その横に小さな砂時計も添えた。

 ……あの時のあの子と重なってしまう。


「……はい?」


 あまりに見つめていたせいか、恵は気になって振り向いた。

 目が合う二人。

 光は慌てて目を反らして洗い物に専念した。


「……あ、あの光さん……ですよね」


 ドキッ! とした。

 光の手が止まった。

 直ぐ後ろに恵は立っていて話しかけてきたのだ。顔だけゆっくりと振り向き、横目で彼女を見た。


「な、何?」


 おそるおそる口が開いて思わず出た言葉だった。


「あ、あの……今度紅茶の作り方教えますね」


 屈託のない笑顔で一言言って戻っていった。その後ろ姿に光は、自分の心の中で不安と罪悪感だけが大きくなっていくのを感じていた。



                   *



 店の柱時計の鐘が一つ鳴り響いた。

 時計に目をやると時刻は五時三十分。

 この時刻になると客足は鈍く、店内のお客の数も少なくなっていた。


「あ、あの……愛さん。今日は本当にごめんなさい。こんなつもりじゃ……なかったんだけど、ただ……今日のお礼がしたかったから……」


 恵はレジに微動だにせず立ち尽くしている愛の横に立って謝っていた。

 小さな彼女は頭を下げ、更に小さくなる。そんな姿を横目で黙視する愛は口を開いた。


「どうして謝るの? 私に……どうして」

「えっ? ……どうしててって、それは……」


 恵は顔を上げて首を傾げた。


「だって助けてくれたから……。もう少しで怪我するとこだったし、その……嬉しかったからお礼がしたくてお店に来てもらったのに……無理矢理仕事してもらっちゃって……」


 後の方は恥ずかしそうに小声になっていく。そんな恵に笑みを作って答えた。


「その気持ちだけで私は十分です」

「……愛さん、ありがとう」


 二人はお互い笑顔向け会う。

 そんな様子を光は、棚に食器を片づけながら見ていた。

 恵の横に立つ無表情の少女、愛にどこかで会っている気がしていた。


「本当に今日は……ごめんなさい」

「謝るのはやめて下さい。……美浜 恍さん」




 そのとき、光の手から一枚、皿がすべり落ちた。

 床に当たると、店内に激しい音が響き、砕け散った。

 恵と愛は、反射的に振り向いた。

 それより先に聖美が光の元に駆け寄った。


「大丈夫? オミツ怪我、してない?」

「えっ……うん。……大丈夫だけど……」


 光は聖美の拾う砕けた皿に目を向け落胆した表情になった。

 彼女は直ぐに片づけ、


「気にしない気にしない。形あるものはいつかは壊れるものよ」


 と言って、奥の部屋に持っていった。

 残りの皿を片付けながら光は思い出す。

 愛の口から出た名前。

 隣に立つ少女。

 鼓動が高鳴り、身体全体を恐怖が駆けめぐり始めた。

 そして手が震え、足が竦み、身体が小刻みに揺れる。


「光さん、大丈夫でした?」


 声をかけられて、光は振り返る。

 すぐそこに知見の顔があった。

 思わず驚き、声も出ない。


「割れた皿の代金は私達の給金から引いてもらえるように唯さんに頼んでおきますから心配しないで下さい。今日で私とキーヨはしばらく休んじゃいますけど、あの子達とがんばってね」


 知見は軽く頭を下げた。


「……あ、う、うん……わ、わかった。……あ、あのところで……あの子は……」


 光は恵を指さして訊ねようとしたが、   


「よっちー何してるの? 唯さん呼んでるよ」

「は、はい! それじゃ後、頼みます」


 そう言い残して知見が奥の部屋へ慌てて入っていった。

 取り残されてしまった光は、どうしていいのかわからず、何か話しをしている二人の方をジッと見つめ続けた。

 脳裏に広がる嫌なイメージが、光の鼓動を速めていった。

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