Forlorn Lunaris. 2
美浜駅前近くにある小さなケーキクラブハウス『PEACH BROWNIE』は女子中高生達の間で有名な店。連日店内は彼女達で占められ、今日も彼女らが店内を埋め尽くしていた。
カウンター内では『ブラウニー』と呼称される聖美と知見が小忙しく働いていて、その奥の部屋では唯と一人の少女が対峙していた。
少女は冷ややかな瞳を唯に向け、落ち着き払った態度をしているが内心は不安で満ち満ちていた。その証拠に握りしめた手の中は汗ばんでいる。
「あなたが、聖美と知見の推薦した……斉藤 光さんね」
「……はい」
唯は光の前に隠し持っていたPB版履歴書を見せるように取り出すと、横目でチラッとそれを見ながら話し始めた。
「仕事の時間は、基本的には月曜から金曜日の間は午後四時から午後六時三十分の二時間半、土曜日は午後一時から午後六時三十分、日曜日、祭日は午前九時三十分から午後六時三十分。個人的な用事以外の遅刻は認めています。現在の所、定休日の水曜日以外は毎日来てもらいたいのがこちら側の要望です。給金については時給九百円で、仕事の失敗があった時は減俸させてもらいます。仕事内容は紅茶作り、オーダー運び等は勿論、お客とのコミニュケーションも重要視しています」
淡々と用件を話しながら唯は、目の前の少女を仇視のような眼差しを向けていた。
光の第一印象は健。
天然と思われる癖毛からはずぼらに見えるが、堅く口を一文字に噤み、小さな瞳を大きく見開いた様相から我の強い子だと感じられた。
「ところで光さん」
説明し終えた唯は、真面目な顔をして声をかけた
「……は、はい……なんですか」
光の顔が強張る。
「身長、体重、あとスリーサイズも書いてね」
「……は、はぁ? けど……」
「書いてほしいんだけどなぁ 」
ニコッと不敵に笑う唯を前に、光はうなずくしかなかった。
新たに書き加えられた履歴書を再度目を通し、椅子に足をかけ、棚の上から段ボールを下ろした。
箱の中から取り出したのは、ブラウニーの制服だった。
「はい、光さん。奥に更衣室があるから着替えてね。今日からバイト、お願いできるかしら? 説明は先の通り、細部な点については追々やっていきましょう。何か質問はある?」
光に制服を渡し、言うだけ言って唯は彼女を見つめた。
光は小さく首を振り、奥の更衣室へと歩き出した。
彼女の姿が見えなくなると唯は厳めしい表情になっていた。
「あの子が日記にあった……斉藤 光……か」
呟く彼女の手が小刻みに震えていたが、本人はそのことに気がついてはいなかった。
*
光がカウンターに入った時、店内のざわめきにまず圧倒された。
楽しそうに笑う少女達。次から次へと出たり入ったり少女達が繰り返す中、自分と同じ格好をしているブラウニーの聖美と知見が慌ただしく働いていた。
「あっ、オミツ。洗い物お願い!」
「あ……はい」
聖美は突っ立っている光にそう言うとオーダーを持ってカウンターを飛び出していった。横を見ると、レンジの前でポットで湯を沸かす知見の姿がある。視線を感じたのか彼女は光の方を見て軽く手を振ってくれた。
「いきなりで大変だと思いますけど、頑張ろうね」
「……」
光は黙視し、流しに向かって歩き出した。
……昔は明るい子だったのに何時からだろう、極端に人を避けるようになったのは……。
知見は早く恵が来てほしいと思った。
*
「ここがそのお店なんです」
恵は連れの子にそう言いながら『PEACH BROWNIE』のドアを開けて入った。中は相変わらずの混雑ぶり。予想していたとはいえ、その凄さに恵は悲観を隠せなかった。
「すごい……人ですね」
「うん」
笑って答える恵だが、連れの彼女は冷静な顔で店内を見つめていた。その不思議な魅力と、どこか自分に似ている雰囲気に、言いしれぬ感覚を覚えてしまう。
「あっ! 何してたのよ、早く手伝ってよ! こっちはもう天手古舞で大変なのよ。猫の手を借りたいくらいなんだから」
入口の所に突っ立っていた恵と連れの子を見つけた聖美は、そう言って袖を引っ張ってカウンターへ連れていこうとした。
「い、痛いよ、引っぱらないでよ……。ちょっと待って……連れの子が」
「連れ?」
聖美は振り返り、苦笑する恵の後ろに立っている子にようやく気付いた。
色白で、肩の上で乱雑に短く切ったような髪型、冷たい瞳、何を考えているのかパッと見では分からない無表情な子というのが聖美の感じた第一印象だった。
「何? あの子……チクリンの友達?」
「……まあ。今日会ったばかりですけど」
二人は他に聞こえないよう、小声で話す。
そんな様子を光はカウンター内から覗き見していた。
「!」
光は恵の姿を黙視した時、表情が一変した。
「連れてくるのはいいけど、今日バイトでしょ? 忙しいんだから」
「それは……そうですけど」
「逆に手伝ってほしいくらいよ」
「それはナイスでグゥーなアイデアね!」
立ち話をしていた二人の背後に突然唯の顔が現れた。
ニコニコして仁王立ちしている姿は少し怖く、思わず聖美は恵の後ろに隠れる。
「遅かったじゃない。サッサと着替えてらっしゃい」
「え……はい……」
口答えするより先にカウンターの奥の部屋へ、恵は入っていった。
こういう時の唯さんには逆らわない方がいいと、亜矢さんが言ってたのを思い出したからだ。
「あはは……さて仕事仕事」
逃げるように聖美はオーダー運びへいった。
微笑んでいる唯の前に一人残された少女は、顔色一つ変えず、黙って立っていた。
「さて、……いらっしゃいませ。朧月
対峙する唯と愛。
愛と呼ばれた少女の表情が変わる様子もなく、唯を虎視している。
しばらく、互いに動く気配すらなかった。しかし彼女は唯の向こう、カウンター内で働くブラウニーの一人、洗い物をしている光を捕らえると微妙に目つきが変わったように見えた。
二度、瞬きをするや、鋭気を感じる目つきになった。
「そんな顔は女の子には似合わないわよ。私の頼みを聞いてくれるかしら?」
唯は顔を直前まで近づけ、ニンマリと笑みを浮かべ、愛に話しかけた。流石の無表情の彼女も驚いたみたい……。
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