Cream puff. 2
「ねぇ、おみっちゃん。今日カップル多いねー」
英美が洗い物をしながら声をかける。
「そうね」
答える光は紅茶作りに忙しかった。
「おみっちゃんは好きな人とかいないの?」
「まぁね……。そんなこと考える暇もなかったから。英美はいるの?」
「チーちゃんにメグタンに晶ちゃんにおみっちゃんでしょ、亜矢さんに美香さんにキーヨさんによっちーさんに鈴姉さん。みんな大好き! 人を好きになると周りが今までと違って見えるって言うけど本当だね」
「そう言う〝好きな子〟っていう意味なら私もみんな大好き。この前会った悟君や咲美ちゃんもね」
話しながら互いに笑う二人。
いつからか光と英美は仲が良くなった。
鬱ぎ込んでいた光は今では明るい表情を見せている。
聖美達の話によれば、彼女は元々明るい性格だったのだ。
そんな様子を横目で見ながら晶は、オーダーを持ってカウンターを出ていく。
二人が仲良くなることにどうしても違和感を覚えてしまう。
英美を取られたような、そんな気持ちになったのかもしれない。
*
柱時計の鐘が五つ鳴り響く頃、またお客がやってきた。
外はもうすっかり暗くなっている。
「いらっしゃい、あっ、……弘明君」
恵は、自分よりもかなり長身で見覚えのある顔に声をかけた。
カウンターにいたブラウニー達は客の方を見た。
背の高い男の子が一人、少し背の低いショートの女の子と少女より少し背の高い男の子の三人がカウンター前に立っている。
彼らの制服からして美浜中の一年生。
「お久しぶりです、竹林さん。予約しておいたんですけど」
カウンターに頬杖をつきながら恵の目線に合わせ、話しかけた。百七十はあろうかという身長の前に、恵のような『小人』とは顔が合わない。
恵は慌てて予約者リストを見ると、確かに彼の名、『水保弘明』とある。
「……えっと、八番テーブルです。オーダーは」
「紅茶だけでいいよ。三人分」
「……はい」
弘明は二人を連れ、二階へサッサと上がっていった。
その時、彼の表情が少し強張っているような感じを受けた。
「…………わけありね」
「三角関係のもつれか、恋のもつれか……」
「もつれ、もつれ! 塵もつれば……ナンチャッテ」
「いやいや、ケンカよケンカ!」
愛、光、英美、晶は恵の側によって思い思いの意見を述べる。
ジーッと恵を見つめ、どういう関係なのか、話してくれるのを待っていた。
みんなの視線、彼女達に取り囲まれ、小さくため息を付いた。
「あの子は……水保弘明君って言って、美香さんの弟さんです。祐介君の……友達みたいで、たまに……」
そう言いかけたときだった。
入口のドアが開き、祐介が入ってきた。
「あ、祐介君」
みんな彼を見るやいなや頭を下げる。
光は無意識に目を伏せた。
「今、あいつ来ただろ」
祐介はみんなに言い、辺りを見渡した。
誰かを捜しているみたいだけど。
「あいつって、ひょっとして……弘明君? それなら二階に、友達を連れて」
恵は少し彼から引いて、言った。
久しぶりにあって彼の声を聞き、話すということもあるが、彼の態度が何となく怖かった。
怒ってる様に見えた。
その時、脳裏を光のことがよぎる。
あの時の一件を彼はまだ怒っている?
……もう口も聞いてくれないのかも。
「やっぱり来たのか。二階、空いてる席ある?」
「……相席するなら座れないことはないです。二番テーブルに二席……空いてます」
愛は客席リストを見ながら淡々と答えた。
「じゃ、誰か僕と一緒に二階に上がって欲しいんだけど。客として」
『それじゃ私が』、と恵は言おうと思った時だった。
祐介はこう続ける。
「恵さんはいいよ」
そう言われた時、恵は俯いてしまった。
そしてそんな彼女の横で手を挙げ、立候補する晶。
「ボク行く! 祐介君、いい?」
「うんいいよ。じゃぁ、悪いけど、学校の制服に着替えてきてくれない? その格好だとちょっと」
「OK! 百八十秒で用意するね!」
そう言い残し、慌てて奥の部屋へと駆け込んで行った。
愛はさりげなく砂時計をひっくり返す。
「オーダーはロイヤルティーにサクランボのクラフティー、二人分お願い」
「わかりました」
光は彼からオーダーを受けると急いで紅茶作りに入った。
その後ろで英美がガラスケースの中からサクランボのクラフティーを取り出して皿に乗せ、デェコレーションクリームをケーキの横につける。
愛は恵からそっと離れ、レジの前に立った。
恵は祐介と向かい合っていた。
彼も何も話さず恵を見ている。
砂がサラサラ音を立てて落ちていく。
この時間、終わって欲しくない。
恵は心の何処かでそう願いながら交わす言葉を探していた。
サラサラと砂は落ちていく。
どうして彼は何も話してくれないんだろう。
どうしてそんな怖い顔で私を見るの?
何か言いたいけど、何を言えばいいのかわからない。
押し黙ったまま彼の表情を見ていると何故か切なくなって来る。
そして砂は音もなく落ちていった。
「お待たせ!」
晶はそう言って奥の部屋から出てくると、祐介の隣へと急いだ。
「待たせてすみません」
「そんなこと無いよ、晶さん。それじゃ行こっか」
「は、はい」
恵の前で、二人は笑いながら言葉を交わし、一緒に階段を上がっていった。
晶はどことなく嬉しそう。
まるで二人は恋人同士?
「……!」
思わず口に手をあてた。
胸の奥が苦しい。
震える手。
こみ上げてくる何かは押さえることができない。
止めどなく押し寄せてくるものは何?
何故か瞳から熱いものが零れていく。
涙?
泣いてるの、どうして?
何で泣いてるの?
晶さんに嫉妬してる、どうして?
私、祐介君のこと……。
「人の思いは、言葉にしないと伝わらないよ……」
ポツリ、愛は隣で呟いた。
顔を上げる恵は彼女を見た。
いつもと変わらない無表情な顔、けどその瞳は暖かさと優しさが感じられる。
「……うん、……うぅうっ……ん、う」
恵は必至に泣くのをこらえようとするが止まらない。
目の辺りが熱くて涙でよく見えない。
そんな彼女を愛は優しく両手で包むとそっと抱きしめた。
「泣くのは……まだ早いです」
「……うん」
そっと抱きしれられた恵は、彼女の温もりと柔らかな感じに自分を委ねた。
そんな恵の顔を愛はのぞき見、そっと涙を飲んだ。
「……姉妹みたい」
英美は二人の様子を見てそう呟いた。
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