Phalic girl. 3
奥の部屋のドアから、唯達の住居スペースに通じる階段を上がった恵は、愛を連れて一番奥の部屋にあるベットにそっと寝かせた。
「メグさん、大丈夫? 気分が悪いとか何処か痛いところはない?」
「頭……ぶつけたところがちょっと痛い」
「待ってて」
恵は部屋を出ると、いそいで洗面所の部屋を探す。
浴室の場所に洗面所をみつけ、棚に整然と積まれたハンドタオルを一枚手にすると水に濡らした。
氷のほうがいいかもしれないと考えるも、ここは美浜家の住居スペース。
あとで唯に相談しようと思いながら絞り、部屋へ戻った。
ベッドに腰掛けている愛の後頭部に濡れたタオルをあてる。
「ひんやりとして、気持ちがいい……」
「良かった。あ、あの……病院で診てもらう?」
「……大丈夫。ありがとう、恵さん」
「つらいなら、横になる? もう少し寝てたほうがいいよ」
「……仕事、あるから。それに恵さんをほっとけない」
「わたしなら平気だから。自分を犠牲にしてまで無理したらダメだよ」
恵は愛にタオルを押さえてもらいながら、横にさせた。
今にも上の瞼と下の瞼がくっつきそうになる。
「……私は、恵の為に……何かをしたいと思うから」
「私よりも自分を大事にしてくれると嬉しい」
恵の手が愛の額にふれる。
ひんやりとした手の冷たさの中にぬくもりを感じた愛は目を閉じる。
何故、彼女は私を必要としないのだろう。
何故、私を無理にでも使わないのだろう。
何故、彼女は私を労ってくれるのだろう。
何故、そんなに優しい目で見るのだろう。
目を開けると同時に、こぼれ落ちるものがあった。
「……泣いてる。私」
「痛いの?」
「恵は、やさしいね」
「……うん。それじゃ私、行くから」
軽く手を振り、恵はその部屋から出ていった。
*
昔、恍が使っていた部屋から出た恵は、人の気配を感じた。
振り向くと陽一がいた。
ブレザーを片手に持ち、ネクタイを解こうとしている。
「陽一さん、お帰りなさい」
「ただいま。……どうしたの、こんな所に来て」
ゆっくり近寄ってくる陽一に恵は軽く頭を下げた。
「愛さんがちょっと倒れちゃって。いま、恍さんの部屋を使わせてもらってます。その、弥生先輩と神名さんは元気ですか?」
「元気だよ。試験はもう終わったから、三人とも」
「もう……ですか?」
「推薦だから。後は結果待ち。いま暇だから手伝うことあるかな?」
恵は戸惑うも、愛の様子を見てくれるようお願いした。
「大事ないとは思いますけど、たまに様子をみてあげてください。仕事が終わりましたら伺いますので」
「わかった。それより昨日、祐介が新しく店に入った斉藤って子と電話で話していたみたいなんだが……君たちの中でなにかトラブルでも」
陽一が心配そうに言いかける。
恵はニコッと笑みを見せ、『大丈夫です』と答えた。
*
オーダーを持って二階に上がった知見はまっすぐ窓際の席へと向かった。
祐介と光、二人はただ黙って向かい合って座っていた。
「お待たせしました。オーダーのラベンダーブレンドティーと紅茶ケーキです」
二人の前に並べ置き、知見は光の顔を伺う。
俯いている彼女の目は臆病な仔猫のように見える。
祐介の顔を横目で見てみるが、逆に自分を見ていることに気付いた。
「し、失礼します……」
その場をそそくさと逃げるしかなかった。
慌てて帰っていく知見の後ろ姿を見送りながら、祐介は笑みを浮かべる。
光は少しも動じる様子もなく、俯いている。
「光さん。冷めないうちに飲んで。ケーキもどうぞ」
ティーカップにハーブティーを注ぐも、光は何も答えてはくれなかった。
彼女を見つけ、何度も店に来るように誘ってようやく店に連れてくることが出来たのだが、貝のように口を閉ざしたきり何も話してくれない。
砂糖を二杯入れ、祐介は軽くスプーンで掻き混ぜる。
数日前、恵から『光さんの話を聞いて上げてほしい』と頼まれたときは、なぜ自分に頼むのかわからなかった。
実際会ったいまも、よくわからない。
彼女はいったい、なにを悩んでいるのだろう。
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