氷世界の戦士たち(旧アンチアイスワールド)
キューイ
アイスワールド
最初の一振り
春はかなり寒い。夏は少し寒い。秋はめちゃくちゃ寒い。冬は外に出たら凍死する。そんな常識は子供の頃から知っている。
氷に囲まれたこの世界に住んでりゃいやでもわかる。3キロ歩いたらもう氷の壁、そんな国で俺は氷鉱夫として生きてきた。
今日も同じ職場の仲間と共にツルハシを横一列でふるう。
目の前に立ちはだかる氷壁は文字通り人々の発展を妨げていた。確かに俺たち氷鉱夫が壊してはいるが、50年やってやっとここまで、住めるところが広がったのだ。
「こらっ!作業ペースが遅い!給料減らしますよ!」
現場監督が怒鳴り散らしてくる。矛先は俺だ。この採掘氷場にいる以上この怒号から逃れられない。でも別に好きで遅く作業しているわけではない。
単純に氷の壁が硬すぎるのだ。鋼を打ったような感触で腕が痺れてしまう。ツルハシで打ってもツルハシが刃こぼれするかと思うくらいだ。
「くそっ、かたすぎるだろ!」
文句を言いながらもツルハシを氷に向かって打ち付けた。やっとの事で小さなヒビが入ったが、削れ分はパズルのピースのように細かい氷の塊だけだ。この氷の中には電子レンジが埋まっているのだが、それを取り出すのが俺の仕事だ。
「うらぁっ!こいつを取り出せば!依頼者がいつでもあったかいメシが食えるようになるんだ!」
氷鉱夫の仕事は大雑把に分けて二つ、氷を削って土地を広げる。あとは氷に埋まったものを取り出す。氷の社会だから生活必需品が貴重品だ。
「おいマイン!もっと腰を入れて打たないとだぞ!」
俺はピタリと手を止めて声の方に振り向いた。大柄な同僚氷鉱夫であるグレンさんが話しかけてきたのだ。
「グレンさん、あんたはなんか掘り出せたのかよ?」
「お?見たいか?」
グレンさんがおもむろに担いでる袋をゴソゴソとあさりはじめたので俺はツルハシをおいてグレンさんの袋の中をのぞいた。
ドライヤー、アイロン、電気ポット、ガスコンロ、俺よりも随分沢山氷の中から取り出しているようだ。
「はぁ?これ今日で全て掘ったのかよ?!なんか特別なツルハシ使ってんだろ!ずりーよ!」
「そりゃお前のより少しはいいの使ってるよ、10年やってっからな。でも特別なもんじゃねぇよ」
グレンさんのツルハシは街の氷鉱夫用具店のショーウィンドウで見たことがあるが確か金貨2枚程の代物だと記憶している。彼のツルハシはルビーのような輝きを放っている。
「グレンさんのは金貨2枚くらい、俺のは金貨1枚と銀貨5枚だ。それなのになんで俺だけ氷を壊せねぇんだよ」
「そら腰が入ってねぇからよ、普通の鉱夫のことは知らんが、この馬鹿みたいに硬ぇ氷は腰を入れてツルハシをふらねぇとほとんど割れない」
「腰?腰か…」
俺は再びツルハシを氷へ向けた。膝を少し曲げ、足を肩幅、腰を落とす。腕だけでなく腰でツルハシを振るった。ガキン!とさっきよりいい音がする。さっきより感触も気持ち良い。
「おぉっ?さっきより割れそうだ!いいこと聞いたぜ!サンキューな、グレンさん!」
「ふんっ、調子のいい奴だ。まぁ、頑張れよ。あと大切なのは、想いだな。この氷をぶっ壊して依頼者の必要なものを取り戻してやる!っていうな」
「おう!任しとけ!うぉぉぉ!」
ガキン・・・ガキン!・・・・・・!氷と格闘する音を俺が響かせているとグレンさんはどこかへ行ってしまった。氷を打ちながら横目に見るとグレンさんの持ち場の氷は大きくえぐれているのが見えた。他の同僚氷鉱夫の持ち場も俺よりかなり掘り進められている。…負けてられない。
やっとのことで電子レンジを取り出すとあたりは薄暗くなっていた。
「…はぁ…やったぜ…依頼者は喜ぶし、俺は給料と依頼人からの報酬もらえるしwin-winだな!あ、おーい監督さん!取り出せたぜ、これ」
俺は見せびらかすように電子レンジを持ち上げ、胸を張って氷鉱夫たちの仕事を見ていてる監督官の元へと向かう。同僚たちからしたら電子レンジらは取り出すのが簡単な部類なので自慢にならないかもしれないが。
「発掘者マイン、OKだ。早くそれを配達BOXに入れておくように」
褒めてくれないのは慣れっこだが、もうちょっとねぎらってくれてもいいだろう。配達BOXに電子レンジを入れるとちょうど配達員の人が来たようだ。
「あ、電子レンジを入れました、重いんで気を付けてください」
「了解しました」
BOXは作業場の端っこにある。配達員からしたらわざわざ作業場の奥まで入ってこなくていいかもしれないが、こっちからしたら大変だ。今日のところは作業はコンプリート。暗くなってから作業するのは難しい。
ツルハシを取りに自分の持ち場に戻ると、7人いるはずの氷鉱夫がグレンさんだけしか見当たらなかった。
「ふっふっふっ、マイン。電子レンジを取り出すとはやるじゃねぇか」
「お、おう」
グレンさんは笑いながらわしゃわしゃと頭を撫でるのでバランスを崩した。というかやたらテンションが高い。昇給の話でもあったのか?
「なんだよグレンさん、子供扱いすんなよ!」
「そうだな…もう子供じゃないな…マイン!」
なんだ?いきなり何を言っているんだこの男は。声のトーンも心なしか変わっているような気がする。やっぱり昇給の話があったのか?
「誕生日だもんな!18歳の!」
一瞬ぽかんとした。忘れていた、今日は誕生日じゃないか。全く削れない氷と格闘しすぎてたのが原因だろう。
「マイン…」
だれかが俺を呼んだので振り返った。次の瞬間目の前に信じられないような光景が広がっていた。
「誕生日おめでとう!僕らジャス地区第3採掘氷場からプレゼントだ!」
俺の働くジャス地区第3採掘氷場には俺を合わせて7人氷鉱夫がいるが、その全員がニコニコしながらクラッカーを構えていた。
まさか全員に祝ってもらえるとは思っていなかった。
「ま、まじかよ!あ、ありがとうございます!」
先輩は優しい人たちだが、作業中はストイックすぎて自分も自然ときっちりしていた。サプライズするようなキャラだとは思ってなかった。
ジャス地区第3採掘氷場のリーダーであるカストルフに渡された包を受け取るとズッシリ重い。中身はなんだ?人前だが開けてみたくてたまらない。
そんな思いが副リーダーのマリーナ姐さんに読み取られたようだ。
「開けちゃいなさいよ、マイン。私はあんたのにやけヅラがもっとみたいわ」
「へへっ、じゃあ失礼します!」
開けるとアメジスト色の装飾の付いた黒いツルハシが入っていた。ツルハシ⁈まさかこんな高いものをもらえるとは思っても見なかった。
「うわっ!かっけぇ!なんていう名前ですか⁈」
「フォアリベラル…討伐のルーキーにはぴったりだ」
「フォアリベラル…ん?」
討伐…?妙なワードが聞こえてきた気がした。なんのことだろうか。
「あ、あのカストルフさん。討伐ってなんですか?」
「あれ…?聞いてないのかい?」
カストルフさんは困惑しているようだ。キリッと逆八の字の眉が八の字になった。どうやら討伐とやらのことはとっくに俺に言っていたつもりらしい。
「あれ?僕グレンさんに討伐のこと言っておいてと頼みませんでしたっけ?」
「いや?頼まれてねぇぜ?ガランやグランとかジーンとかじゃねぇのか?言う係」
他の氷鉱夫たちも首を振っていることから察するに伝達系統がしっかりしてなかったらしい。
「それは…まずいな…伝わってないのか」
「何がまずいんすか?カストルフさん」
「ちょっとこっち来てくれるか」
カストルフさんに手を引かれ氷壁の前まで連れてこられた。カストルフさんが氷の中を指差すので氷の中をじっとみてみる。ここは俺の持ち場じゃないからじっくり見るのは初めてだ。
ただうっすら青いだけだ。いや?何か…あれは牙?爪?たてがみも見える。もしかして…
「あれはグンジョウオオタテガミ…守護者の一種だ」
「…守護者?」
「氷を掘る上で倒さなくてはそれ以上掘り進めなくなるモンスターたちのことだ。18歳以上の氷鉱夫は討伐に参加することになっている、まぁ嫌ならいいけど」
マジで?こんな稚拙な感想しか出てこない。 というかいつも作業しているところにこんなのがいたとは全く気づかなかった。
「あ、あんなのどう倒せば…」
「そこでこれだ」
カストルフは自分のツルハシをヒョイと掲げてみせる。え?まさか…
いやいや、そんなことはないはずだ。確かに氷に囲まれた社会だから銃なんかあるわけないし、剣なんか作る資源の余裕あったら建物とかツルハシに使うだろう。
にしてもだ。本気で言っているのか?カストルフさんは。
「ツルハシで倒す」
「ええっ!!危ないっすよ!んなの!」
「大丈夫さ。そのために新しいツルハシをプレゼントしたんだ」
「え?それってどういう」
もしかしてもらったツルハシは銃に変形するのか?もしくは爆発か?だとしたらなんてもんプレゼントしてんだ。
「カストルフ!あとは俺が説明してやる」
「グレンさん…では、お願いします」
グレンさんは俺を少し遠ざけた。何をする気なのだろうか。グレンさんのツルハシがマシンガンにでもなるのか?
「みとけよマイン!点火…!」
点火?なにを?訳が分からないながらも見つめているとグレンさんのツルハシから炎が吹き出した。熱気と衝撃で俺は吹っ飛ばされた。
「な、な、なんだよ!グレンさん!何やって…」
「いいか?守護者は…こうやって倒すんだッ!![豪炎衝]!!!!!」
再び凄まじい熱気と風があたりを覆う。あまりの衝撃に目を閉じてしまうがすぐに鼻に焦げた匂いが入ってくる。
目の前の光景を信じられなかった。グレンさんが目の前の氷の壁を一瞬で10メートル近く破壊するとは思ってもみなかった。
「…す、すげぇ…」
「ふぅ…マイン、18以上だと店で討伐用のツルハシを売ってもらえる。そしてそう言ったツルハシは倒した守護者の爪、鱗などで作られて」
「じゃ、じゃあそうやって造られたツルハシは守護者の力を…」
「ご名答。ツルハシに秘められた力を引き出す。これを鉱技という…」
目の前に新しい世界が開けた気がした。まさか俺の人生が18の誕生日を境目としてこんなにも変わるとは思ってもいなかった。
「驚いたみたいだね、マイン」
「カストルフさん、俺もあれできるんですか?」
「あぁ、君にプレゼントしたツルハシ、フォアリベラルの鉱技を説明しよう」
カストルフさんがいたずらっぽく笑うので自然とほおが緩んだ。しかし顔とは裏腹に心臓は俺の胸を叩く音が聞こえそうなほど緊張していた
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