削って削られて

翌日は起きたら筋肉痛が酷かった。関節も軋むしぼろぼろだ。


「いてぇけど…仕事いかなきゃ…」



パンひとつ食って着替えるのにかなり時間がかかった。それから家を出た時にはいつもより10分も遅い時間だった。


ジャス地区第3採掘氷場の職場に着くとリーダーのカストルフが腕を組んで待っているのに捕まった。


「遅刻だぞ、マイン!」


「す、すみません!でも体痛いんすよ!」


「まぁ、最初はそんなもんさ。今日から採掘もちょっとレベル高いものをやってもらうからね」


「えっ、どうしてですか?」


「いいツルハシを手に入れただろう?」


カストルフさんは俺のツルハシ、フォアリベラルを指差して言う。みんなが言うには新たなツルハシであるフォアリベラルは7金貨、かなりの高級品らしい。


「わかりました…今日は何を取り出すんですか」


「今日は君に、こたつを取り出してもらう!」


カストルフが指差した方向を見ると確かに氷の中にこたつが見えた。炬燵は生活必需品と言えるのかわからないが、氷の世界では需要かまあることは確かだ。


「よし!すぐ取り出してやる!」


フォアリベラルを振りかぶる。昨日は夢中で気付かなかったが、かなり軽く扱いやすい。


氷に打ち付けるといつもより多くの氷を割ることができた。いつもと爽快感が段違いだ。


「おおすげえっ!サクサク進む!」


一時間ほど掘ると炬燵を取り出すことに成功した。しかし氷がべったり張り付いていてそのまま製品として配達することはできない。


自然に溶けるのを待つことができないかと思ったが、そもそも外気が冷たすぎて溶けるのには時間がかかりすぎる。


「グレンさん!鉱技の火で氷とかしてくれよ!」


「あぁ?まぁいいけどよ」


グレンさんがツルハシを構えているのを横で見つめる。フランクに絡んでいるが、氷鉱夫として圧倒的に格上だ。ツルハシの扱いひとつ一つから学ばねばならない。


「点火!豪炎衝!」


「おおっ、こたつの氷が溶けてる…てかなんでみんな技名叫ぶんだ?」


漫画じゃあるまいし、昨日の討伐で技名を叫んでいたのはよくわからなかった。



「ん?そりゃ討伐は本来集団戦だ、自分がどんな技を出そうとしているのか仲間に明確にする必要があるのさ」


「なるほど…」


カッコつけな気がしなくもないが、納得はできる。コタツのお礼をグレンさんに言うとこたつを配達BOXまで担いで行く。依頼人は18歳の女性らしい。同い年でこたつの依頼を出せるなんてとんでもない金持ちだ。



筋肉痛が相まって運び終わった後痛みに呻いていると、採掘氷場の監督官が氷鉱夫を集める声が聞こえてきた。


「皆さん!作業を止めて集まってください」


みんな集まったのを確認すると監督官が話し始めた。こう言う時は決まって政府からのお達しの発表だ。


「今日の作業が終わった後、総合政府機関ツララ塔に国内の氷鉱夫500人は全員集まるようにと言われました。覚えておいてください」


ツララ塔は1番大きな地区であるカフェリア地区に立っていて、1番大きな建物だ。噂によると地下もあるらしい。


「ほぅ…珍しいな」


「何が?グレンさん」



「氷鉱夫全員集める必要なんて普通ねぇだろ、各作業場の代表だけ集めて伝言させればいい」

「確かに妙だな…」



「まぁ、末端の氷鉱夫がなんか言えたもんじゃねぇけどな!ほーれ、作業に戻るぞ!」



氷鉱夫になりたてで詳しくは事情がわからないがグレンが妙に思うことは俺にも妙に思えた。


と言ってもグレンは自分より10年も長くやってる28歳だから共感なんておこがましいかもしれない。



「まぁ、とりあえず後は氷を削りまくるか!」


切り替えは大事だ。







夜になって作業場のみんなが作業を終えていた頃、おれはますます悪化する筋肉痛と戦っていた。


「ま、まってくれグレンさん!足が…」


「おい!ツララ塔に遅れるぞ!」


足がガクガクするし痛い。ほかのメンバーは呆れながら俺を見ている。ほかのメンバーからしたら一回の討伐でここまでなるのは珍しいようだ。


やつとのことでツララ塔に着くと数百人の氷鉱夫が集まっていた。ツララ塔はカラフルにライトアップされその光の強さは最近の発電力をしめすものだ。ツララ塔の周りに多くの氷鉱夫が待機していた。どうやら採掘氷場ごとに集まっているようだ。


「なんの話するのか聞いてます?カストルフさん」

「いや…というよりマインは筋肉痛治ったかい?」


「まだです」


そんな話をしていると、4人の氷鉱夫がツララ塔の中段付近、ほかの氷鉱夫よりも高いところに現れた。


その中の1人、快活な青年がマイクを持って話し始める。


「どうも!カフェリア地区第一採掘氷場のリーダーをしているカイと申します!」



大きなどよめきが聞こえてきた。カフェリア地区第一というのはすごいらしいが、いまいちピンとこない。


「なぁグレンさん…カフェリア地区第一って?」


「討伐、採掘の成績がトップの採掘氷場だ。彼らがその採掘氷場のメンバーの3人…ってか4人…1人増えてんな…マインと同い年ぐらいか?」


「おれの方が強い?」


「知らんけど多分あっち」



どよめきが静まるのをまっていたのだろうか、再びカイが話し始めた。



「皆さんにお伝えするのは[採掘氷場コネクト制度]!!討伐を協力して行う制度の導入です!」


「…カイさん、具体的に言ってくれや」

群衆の中から髭の男が手を上げて発言したのを聞いた、こういう時に発言できるメンタルはかなり羨ましい。



「…ここからの話はカフェリア地区のルーキーであり、僕の後輩、ミルさんにお願いしちゃいます!!」


カイの後ろから先ほどグレンさんが1人増えてると言った女が出てきた。何やら後ろで腕を組んでいる。


茶色っぽい髪揺らしてカイと所までいくのを見たがなんか自身ありげな振る舞いだ。



「カフェリア地区第一採掘氷場のミルです…コネクト制度は近年強力になっている守護者と採掘氷場同士協力して戦うというものです」



協力、という響きは悪くないが一部の氷鉱夫からは文句が聞こえてきた。


「守護者が強くなってる?おれらにかかりゃあなんてことないよ!」


「協力なんてしなくてもなぁ…」



プライドだろうか協力が受け入れないものがいるようだ。それを見て、ミルはいう。


「協力しなくてはいけないのはあなた方の大半は弱いからです」


少し面食らった。こんな公衆の面前で喧嘩を売るとは思っても見なかった。また聞こえてくる文句が先ほどより大きいのは当然だ。


「なんだと!」

「嬢ちゃんこそそんな細くて弱そうじゃねえか」



同い年ぐらいと聞いたが自分にはあんな勇気はない。というか持っていたくない。彼女を襲う非難はどんどん大きくなってゆく。


「な、なぁグレンさん…これまずいんじゃねぇ」



群衆は今にもミルに襲いかかりそうな様子だ。プライドが傷つけられたようだ。


だがミルは平然としているように見えた。よっぽど心が強いか、実力があるのか。彼女がおもむろに後ろに組んでた手を解くと信じられない光景が飛び込んできた。


「グレンさん!あいつの手!」


グレンさんも驚愕しているようだ。


「まさか…どういうことだ⁈ツルハシと手が[同化]してるだと…!」



ミルがツルハシの手を後ろに引くとグレンが俺の襟首を掴んできた。グレンさんがまずい!と叫ぶのが聞こえてきた。


「は、何。あいつ何する気……」



次の瞬間、自分は浮いていた。何が起こったかわからなかった。だがグレンさんに掴まれていなかったら大多数の氷鉱夫のように吹っ飛ばされてただろう。


ツルハシと手が同化した女は一振りで何百人の氷鉱夫をまとめて吹き飛ばしたようだ。


「うわぁっっ…!ウゥ…な、なんだよあいついきなり!」


「実力の誇示だ」


氷鉱夫を飛ばした風が止むとミルが再びマイクを手にとるのが見えた。



「わかったでしょう?弱いんです、だから協力しなくてはいけない」



さらりというとミルはカイの後ろに戻っていく。あたりの氷鉱夫はあまりの威力と状況に驚きの顔を隠せないでいる。





「なるほど…これで氷鉱夫からコネクト制度の反対の声は起こらなくなるって訳か」


「どいうことだよ?グレンさん」


「あの前にいるミルとかいう氷鉱夫はほかの氷鉱夫に実力を見せつけ、反対の声を黙らせる。本当の実力はともかく無理やり弱いことを自覚させる役割だったんだ」



つまり弱いという言葉に反対して騒いだ奴はミルによってとばされることで黙らざるを得なくなったということらしい。


再びカイがマイクを手に取って細かなコネクトを制度の説明を始める。もう反対の声を上げる人はいなかった。


「では、次の討伐からコネクト制度は適用されます!皆さん、仲良く討伐してください!」


カイはミルたちを連れ立ってツララ塔の中へ入っていった。


こちらが茫然している間に話を終えてしまった。ジャス地区第3の氷鉱夫以外はだいたい吹き飛ばされたようだ。

 他に立っているのは緑色の髪の毛をした優しそうな少年、そのそばにいる鉄仮面の男や風でコーヒーがかかってしまいあちーあちーと騒ぐ女の子などだ。



「にしてもだいたい氷鉱夫は飛ばされたな…カストルフ、そっちは平気か?」



「ええ、なんとか踏ん張りましたよ、グレンさん。マインは平気かい?」


筋肉痛の上突風で飛ばされてボロボロだ。


「くそっ…ジャス地区第3のみんなは飛ばされてないのに俺だけ…」


グレンさん、カストルフさん、ガラン、グラン、マリーナ姐さん、ジーン先輩は無事なのにどいう劣等感を感じた。



なんとなくジャス地区第3の先輩が強いのはわかっていた。新人をカバーしながらあんなグンジョウオオタテガミ相手にチュートリアルをやるくらいだ。


だが実力差をとても悔しく感じた。


「まぁ…戦闘は昨日デビューだもんな、しょうがない。不安定な状況での踏ん張りとかこれから勉強だ」


「…わかった」


にしても同い年ぐらいのミルはどうやってあんな力を付けたのだろうか。

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