アイスポイントに行くためには仲間の同意が必要。その条件を満たすべく俺は考えを巡らしていた。仲間。氷鉱夫は全員仲間だ。尊敬している。だがそういうことではないのだろう。


 おそらく友達にコンバートできる仲間だ。そして帰る約束をする。


 ミルとわかれ、だんだんとことの重大性に気づいてきた。いや、見ないようにしていたのかも知れない。アイスポイントを目指すということはこの国を出るということ。つまり最強、最速の氷鉱夫たちの傘から出るのだ。


 ふりかかる災難は自らの手で振り払わなくてはならない。


 一歩一歩あるくたびに自分の周りが見えなくなっていく気がした。これからしばらくこの街の、人の、喧騒や触れ合いからは遠ざかる。そのイメージは俺の呼吸を鼓動を歩行の速さをどんどん加速させた。


 俺はこれから行くところが三つある。ジャス地区第3採掘氷場、ガール氷鉱夫団の採掘氷場、コンプス地区第二採掘氷場だ。


 まずはジャス地区第3のゲートの前に着く。慣れ切っていたがぼろぼろで中は散らかっている。とてもNo.2の採掘氷場には見えない。


「でも…俺にとっちゃ最強だ…」


採掘氷場に踏み出した瞬間、中から出てきた誰かと衝突した。細長い体型だが芯のある体幹、カストルフさんだ。

「すみません」


「平気だが…どうした?今日の作業は…もう」


カストルフさんは不思議そうな顔をする。ことの人は珍しく困ったりすると八の字の眉毛になる。しかしすぐに解決策を用意してくれる。


しかし今からやろうとすることは用意してもらうものでもない、一時的とはいえ離別を伝えなくてはいけない。俺は深くいきをすった。


「休暇を…くれませんか」


「休暇?まぁ確かに防衛やらガール氷鉱夫団やら色々あったからな。疲れもするさ。何日欲しい?」


 本当にホワイトな採掘氷場だ。しかしそういう話ではないのだ。俺は怒られる覚悟で言い放った。


「1年…もしくはそれ以上です」


カストルフさんはぽかんとしていた。氷鉱夫を辞めたいというようなものだ。1年も現場から離れる、しかもルーキーがだ。その反応も当然のものだ。


「ど、どういうことだマイン?何か嫌なことでも………」


しかしカストルフさんは俺の顔を見てすぐに何か察したらしい。おれは自信なさげだったり、自暴自棄になってこんなことを伝えているのではないということがわかってくれるはずだ。


「質問を変えるよマイン…何がしたいんだ?」


カストルフさんはハンドサインでこちらに来い、とおれに伝える。控え室には誰もおらず、軋むドアを閉めると2人きりだ。


「ツララ塔の方には行ったんですが…アイスポイントという氷の壁の原因と考えられるところがあるらしいんです…」


そしておれはそこにミルと行き、氷の壁を少しでもコントロールしたり除去をしやすくする方法を探しに行きたいことを伝えた。


 それを聞いてカストルフさんは少しの間目を閉じた。静寂。それは何よりも怖い。とれがやることは職場を開けるというレベルの話ではない。


「………………ツララ塔に行ったならおそらく覚悟とか…意思とか…もう持っているのだろうな。じゃあ…俺というよりジャス地区氷鉱夫第3からは一つ…」


カストルフさんはロッカーの一つを開けた。静かに俺はカストルフさんを目で追っていた。

カストルフさんが取り出したのは特殊な加工がなされた靴だ。


「ジャス地区第3から君に伝えたいのは一つ。また…元気で会おう」


 カストルフさんは俺の胸にその靴を包んだ袋を押し付けるように渡した。それだけでなくギュッと俺の背中に手をまわし抱きしめる。


「カストルフさん…?」


「リーダーとして…今まで僕はマインを引っ張れたかな?」


 今更何を。カストルフさんは積極的に関わってくるような人ではないが会うたびに俺のことを気遣ってくれている。おそらくそれ以外の場面でもだ。ガール氷鉱夫団を助けに行く時だって知り合い以外も呼ぶことができたのはカストルフさんの人脈もある。


 彼の雄々しくやさしい手につつまれ彼の採掘氷場にずっといるのもいいだろう。


「カストルフさんのおかげでジャス地区第3は強いんです…優しいんです…背中にを見せてくれてると思ったら…いつのまにか背中を押してくれる…そんな先輩です」


俺はジャス地区第3に入った時を思い出していた。3年くらい前、前も後ろもわからないころ、グレンさんにスカウトされたばかりの頃、リーダーとしてカストルフさんは俺を暖かく迎え入れてくれた。


 それを思うと自然と涙が溢れてきた。


「絶対帰ります。またツルハシを振るいます…みんなと…」


「楽しみにしてるよ」


カストルフさんは控え室から出る俺を優しい目で見つめていた。目で語り、背中で語り、行動で語る、そんな氷鉱夫は俺に約束と特別性の靴を手渡してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る