20話 一路北へ

「これを」


 丸めた書簡を受け取った。王子様手ずからとか大丈夫なのか?


「ふん、シリウスですらお主の本気の攻撃は一度耐えたらいい方だろうが。そもそも、先ほどの模擬戦も左右入れ替えたらシリウスの首が転がっていたであろう?」


 まあその通りだ。剣で受け流して盾を叩きつけたが、逆方向にすれば、伸びきった槍に対して無防備な体を横薙ぎにできる。


「なれば、わが命はお主の掌の中だ。ならば信頼を示す方が得策だろうが?」


 それを相手に向かってシレっというあたりどうなんだろう?


 とりあえず器がでかいとしておこうか。


「ありがとうございます。このご恩は必ず」


「ふふ、この程度で恩に着てもらえるならばありがたいがな。もしお主に助けを乞うのであれば、おそらくこの国は未曽有の危機に陥っているだろうよ。そうならぬことを祈るだけだ」


 大げさなと思っていたが口には出さない。口に出してしまうと悪い予感が現実になる気がしていた。


 無言で差し出される手を握る。王子は魅力的と言っていい笑みを浮かべていた。


「ひと段落したらまたこちらにも顔を見せに来るがいい。お主のためならば父上との会談であっても蹴っ飛ばして駆けつける」


「それって一国の王子としてどうなんですか?」


「言うな、そうでもせねば俺に自由はないからな」


「人をダシにしないでくださいよ?」


 はっはっはと朗らかに笑う王子。この人が王になるならば、この国は少しは明るくなるんじゃないかと思えた。




 王子の離宮の庭で、フェイが人を載せられるサイズまで大きくなる。


「これは……絵姿で見たフレースヴェルグに似ているな」


「もふもふですよ?」


 王子はフェイの頭を撫でる。頬が緩んでいた。


「これはいいな、いつか機会があればともに空を駆けたいものだ」


「その時は、ぜひ」


 俺はナージャを抱き上げフェイの上に飛び乗る。侍女の皆さんから「キャアッ!」という黄色い悲鳴が上がった。


 王子はその姿を苦笑いで見ている。なかなかフリーダムな主君のようだ。


「その紋章があれば、俺の名代として振る舞うことができる。うまく使ってくれ」


「はい!? ちょっと、それは!?」


「お主の心根ならば信じておる。迂闊にも疎かにもするまいよ」


「……承知しました」


 内心のため息を隠してひとまず答える。というかなんかしがらみが増えて行く気がした。




 フェイが風をまとい、ふわっと浮き上がる。俺とナージャは王子たちに手を振って、一路、北へ向けて飛び去った。




「白き龍に跨る黒の龍騎士か。なんとも面白いことになったものだ」


「殿下、ご自重くださいね?」


「シリウス。お前が言うな」


「なっ! 私は……」


「ヒルダからの報告を聞いて待ち構えておったんだろうが。真っ先に戦いを挑むとは……」


「強き者に挑むは我が本懐ゆえ」


「うん、だから言うぞ。自重しろ」


「ぐぬっ……」




 シリウス(脳筋バカ)を黙らせたシグルドは懐からオーブを取り出して念じる。伝心珠と呼ばれる、通信のための魔法具だ。




(俺だ。黒き龍は北へ向かった)


(あら、ありがとうございます。わたくしもあの慮外ものを排除する手を打ちますわ)


(あ、あとな。アレクはやはりナージャ殿以外は眼中にないぞ。諦めて俺の妻になれ)


(まあ、わかってはいましたけれどね。それにあのナージャさん。たぶん龍ですわね)


(そうだな。俺の眼が一瞬眩んだわ)


(ふふ、そうすればお互い望みの相手と?)


(ニーズヘッグの娘はさすがに俺には荷が重いわ)


(ニ-ズ……! まさかとは思いましたが……)


(まあ、そういうことだ。俺で妥協しておけ)


(妥協して王妃と言うのもぜいたくな話ではありますわね)


(別に俺はレンオアム侯爵家に入ってもいいんだが?)


(おやめなさい。国が乱れます。……仕方ありませんわねぇ。幼いころから知っておりますし、お話お受けいたしますわ)


(……!? ありがとう。俺は国を守るべき立場だが、それはお前を守るためだ。そこだけは間違いなく伝えておく)


(あら、ありがとうございます。けれど優先順位を間違えてはいけませんよ? われらは国を守るとき真っ先にその命を捧げるためにいるのですから)


(ならそうならぬようにやるしかなかろうよ。保険はかけた)


(あらあら、わたくしと同じことを考えておられたのですね)


(利用するようで悪いとは思ったがな)


(ふふ、仕方ありませんわ。もしそうなったとしても二人でお詫びしましょう。重荷は分かち合うものです)


(やめろ、今本気で泣きそうになった)


(ふふ、シグルドはほんと、昔から泣き虫でしたわね)


(お前を守るために頑張ったんだぞ? そこはわかってくれるよな?)


(王太子として恥じぬ人品であることはよーくわかっておりますわよ)


(お前の横に並ぶ男はこの国でも一番の男じゃないといかんと、そう思ってだな……)


(わたくしにとっての一番は先ほど繰り上がりました。だいじょうぶですわ)


(繰り上がりか……まあ、いいさ。あとはそれを維持していけばいい)


(ふふふ、よろしくお願いしますね)


 通信が切れた。




 ふと周囲を見渡すと、シリウスはガッツポーズを決めている。侍女の皆さんは、自らの仕事を果たすべく周囲に散った。王太子の婚約披露パーティの準備を整えるためだ。あと実家への通報もあるだろう。




「っておい、お前ら察しが良すぎやしないか?」


 なぜか通信が漏れたと慌てるシグルドに、シリウスは真顔で応えた。


「王子、途中から口に出てました」


 そう告げられたシグルドはがっくりとしゃがみこむのだった。

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