16話 肉食系お嬢様

 そうこうしているうちに、分断されていたヒルダ嬢の護衛騎士たちが追いついてきた。単純に馬車のわだちを見つけてきたと言うが、斥候タイプの冒険者じゃないとこんなことはなかなかできない。




「お初にお目にかかる。わたしはヒルダ様の護衛騎士を務めるロレンスと言う」


「俺は、ティルの村のアレク。こっちは妻のナージャ」


 ナージャを妻と紹介した途端、横でくねくねが倍加した。


「にゅふ、にゅふふふふふ、妻、奥さん、わたしはアレクのお嫁さん……にゅふふふふふー!」


 うん、かわいいな。


「やだー、可愛いだなんて。そんなほんとのこといっちゃってもうー!」


 口から駄々漏れなのはもういつもの事か。


 と気づくと、ロレンスさんがポカーンとして、ヒルダ嬢はすごい目つきで俺を睨んでいる。


「むう、ずるいですわ……」




 とりあえず、自己紹介の後、簡単に事情を説明した。


「ほう? ラードーン子爵は当家の寄り子であったな?」


 ヒルダ嬢の眼がギラっと光ったように見えた。俺と同年代でも、やはり大貴族の子女。なんというか教育が違うのがよくわかる。


「はっ、此度のゴブリンキング襲撃で、領土が被害を受けたので支援をと申し入れてきております」


「ふむ、それで今ここにおるアレク殿との話と矛盾するではないか」


「左様にございますな」


「して、そなたはどちらが偽りと思う?」


「子爵でしょう。アレク殿はなんというか、素直な育ちをされておる御様子。人に偽りを申すような人柄には見えませぬ」


「であるな。わたくしもそう思う……してアレク殿。行き先は王都と聞いたが、いかなる手立てを考えておられた?」


 問われたのでそのまま、ジーク爺さんの孫、シリウス殿を頼っていくと伝えた。


「ほう、黒騎士シリウス殿の縁者と知己であるか」


「有名な方なんです?」


「槍を振るえば王都どころか、国一番の勇者と言われておる」


「あの若者があれほどの使い手になるとは……」


「おお、ロレンスは王都の騎士団におってな。当家が言い方は悪いが引き抜いたのじゃ」


「公爵閣下にはご恩を感じております故」


 うん、なんかよくわからない世界があるってことを知った。




「であれば話は速い。当家もアレク殿の後ろ盾となろう」


「はっ、それがよろしいかと。これほどの力を持つ御仁、必ずや縁を結ぶべきと思います」




 うん、あれだ。この国では強大なスキルや力を持つということは当然だがステータスになる。それで、王家をはじめ、貴族とかはそういった者を囲い込む。


 場合によっては婚姻によって一族に取り込む例すらある。と言うか……俺の能力が知れたら……?




(王家が出て来るな。第一王女を差し出してくるだろうよ)


 と言うあたりでお義父さんこと、黒龍王ニーズヘッグが口をはさんで来た。と言ってもほぼ思念だけの存在になっているが。


「お義父さん。お礼はすでにナージャと言う最愛の妻がいますので」


(そうだな。ナージャはかわいい、最高の娘だ。貴様、ここで興味を示しておったら……)


「うん、すり潰されるのとねじ切るのとどっちがいい?」


 ナージャの笑顔が眩しい。というか、お義父さん、封印されてるんじゃないんですか?


(ふん、貴様の力の源泉はなんじゃ言ってみろ?)


「ナージャへの溢れんばかりの愛です」


「まあ……ぽっ」


 うん、「ぽっ」とか口で言うナージャがとても可愛い。


(うん、あれだ。娘がバカップルになっているのを見ると、父親としては意外にダメージを受けるものなのだなあ……)


「すいません……」


(なに、今に娘ができれば貴様も理解するだろうて)


「その時は、酒でも飲みたいですねえ」


(ふふ、楽しみにしておるぞ)




 と言うあたりで現実に戻ってきた。


「ではアレク様。これを……」


 レンオアム侯爵家の紋章が入ったハンカチだった。


「これは?」


「これを出せば王都で力になりますでしょう。当家があなた様の後ろ盾であることを示すこととなります」


「ありがとうございます。何から何まで……」


「いえ、そもそもですが、アレク様が私の命を救ってくださったのですよ?」


「あ、そういえば!?」


「うふふ、奥ゆかしい方ですねえ」


 ヒルダ嬢は口元を隠してころころと笑う。わき腹にナージャの指が食い込む。必死でナージャの髪を撫でてご機嫌を取る。ああ、愛は痛みを伴うものなんだね!




 とりあえず、フェイを起こす。俺の頭の上で眠りこけてやがった。


「まあ、見た目は可愛らしいですけど、かなり高位の魔獣ですのね」


「ええ、こいつに乗ってここまで来たんですよ」


「飛べる騎獣ですか! 当家でもお父様しか持っておりませんのよ?」


「まあ、ちょいとした縁がありまして。では、御助力感謝いたします。帰りにはレンオアムによらせていただきますので」


「ええ、お待ちしておりますわ!」


 ヒルダ嬢の笑顔に見送られ、俺たちは再び王都に向け飛び立った。




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 アレクたちが去った後。ヒルダは目をランランを輝かせ、ロレンスと話していた。




「ロレンス。アレク様について情報を集めなさい。あの方こそわたくしの婿にふさわしい!」


「……お嬢様、さすがに分が悪いと思いますが……?」


「あれほどの力を持つ方が、妻が一人でいいということはありません。正妻は、ナージャ様でもいいのです。レンオアム侯爵家にとって計り知れない利益をもたらしますわ!」


「そこまでお覚悟を決められておられましたか……」


「ええ、わたくしのお母様の形見のハンカチの意味を知らない人は、少なくとも王都にはいないでしょう」


 ヒルダは獲物を見つけた肉食獣のように口元をゆがめるのだった。




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「アレク」


「うん、どうしたの?」


「あの人ね、気を付けてね?」


「へ? 俺みたいなのが珍しかっただけでしょ?」


「なんかね、あの目つきが気になるの」


「ふーん。気にしすぎじゃないかなあ?」


「……鈍感」


「僭越ながら、わたしも奥方様に賛成いたします」


 フェイまで俺を非難するように言ってきた。けど、俺はナージャ一筋だしな。


 と言うあたりで駄々漏れになっていたのだろう。ナージャがギュッと俺にしがみついてきた。


 行く手に大きな建物が見える。が、そこにたどり着くまで1日かかるってどんだけ大きいのあの建物!?




 昔、人と龍が争うことがあった。すれ違いは悲劇を招き、この国の人々は、かの王都に立て籠もって、とある龍と戦ったという。


 人々のよりどころとなる城壁は、今も周囲を睥睨し、威容を誇っていた。

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